頸損だより1999夏(No.70)

憧れのお子様ランチ

川野真寿美

人は意外に、意外なものを食べていないものだ。

早い話しがちゃんぽん。

特に理由はないのだがまだ一度も本場のものをたべたことがない。



それからお子様ランチ。

これは不運というかめぐりあわせがわるかった。

子供の頃は今よりさらにビンボーで外食などほとんどしたことがなかった。

そのまま今日に至っている。チャンポンのほうは、これからいくらでも機会があるだろう。

しかしお子様ランチはそうはいかない。



今 レストランなどで、小旗を立てたお子様ランチを食べていたりすれば、これはちょっとアブナイひとに見られるにちがいない。

それに、「お子様ランチは12才まで」などという注意書きが出ているところもある。

お子様ランチは儲からないサービス品なのだ。



自分で作って食べるというテもある。チキンライス、エビフライ、オムレツ、スパゲティなどだからすぐ作れる。チキンライスの丘の上に小旗を立てれば出来上がりだ。

しかしたとえば単身赴任のおとうさんかなんかが、こうしたものを作って一人で作ってたべていたりすると、いまはそれほどアブナクないが、いずれかなりアブナクなる可能性がある。



外で食べても、家で食べてもアブナイということになるともう一生お子様ランチは食べられないのだろうか。お子様ランチを食べずに死んでいくことになるのだろうか。

それはあまりに寂しい人生ではないだろうか。

と思っていたら、耳寄りな情報を入手した。なんばプランタンで、オトナも注文できるお子様ランチがあるという。

こうなれば、行くっきゃない。

と言うわけでいってきました。「カフェ・ル・ジャルダン」。

メニューを眺め、ふと思いついたようにお子様ランチのところを指さし

「あの、この、ここのここにあるものネ、こういうものを注文していいものかなかなのかな」としどろもどろを交えつつ聞くと「ハイ」という簡単な答えがかえってきた。

「やれやれ大成功」とホッとして、周りを見回す。親子連れが多い。

しかし私は事態を甘く見ていたようだ。

いきなりプリンと「紙風船とピロピロ笛」のオモチャセットが運ばれてきてそれが分かった。

こういうものは困る。対応に困る。



「アリガトウ」と言ってはみたものの、テーブルの上のそれを見ながら閉口するばかりだ。

お子様ランチ到着。

オムレツ、エビフライ、ミートボール、ウインナソーセージ、ポテトサラダ、チキンライスの上にはオランダの国旗。この小旗がこの上なく嬉しくこのうえなく恥ずかしい。



しかし全体としてはルンルンの気分であった。

思い焦がれていたものにようやくめぐりあえたのだ。

生まれて始めての出会いゆえに、私はお子様ランチの正しい食べ方を知らない。

オトナの食事には大人のエチケットがあるように、子供の食事には子供のキマリがあるにちがいない。

左正面で食事をしている五歳くらいの男の子の作法をお手本にすることにした。

男の子は、椅子からぶらさがって床に着かない足を、たえまなくブラブラと前後に揺り動かしている。

ときに左右交互に、ときに両足をそろえて、時に激しく、ときにゆっくりと。

嬉しさの表現法としては最適の作法と思われたので、これを見習うことにした。



次に少年は、フォークでウインナやエビフライやミートボールを次々に突き刺して遊ぶのであった。

これもすぐに見習った。

少年の口のまわりはソースやオムレツなどで汚れていたので、それもすぐに見習った。

それをときどき舐めるので、それもそのとおりに見習った。

旗を抜いてしみじみ眺め、元の穴のところにきっちりと戻したので、私も逐一そのとおりにした。

それから急に食事に飽きたらしく、テーブルに顔をま横につけて休憩にはいり、歌をうたいはじめたのだが、これはそのまま真似するわけにはいかなかった。


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