頸損だより2000夏(No.74)

『釣りに障害なし』

釣り鯛クラブ代表 武田康晴

こんにちは、『釣り鯛クラブ』代表のタケダです。当クラブは「障害をもつ人ももたない人も共に釣りを楽しもう」という主旨のもとに結成されました。メンバーは、知的障害をもつ人、脳性マヒや頚椎損傷・筋萎縮症で車イスを使用している人、聴覚障害をもつ人、それと障害をもたない人達でも、タクシードライバー、看護婦さん、施設の職員、専業主婦、大学の先生、フリーターなど、非常にバラエティーに富んでいて、楽しくご機嫌な人たちばかりです。そして、何よりも、みんな釣りを心から愛しています。特に決まった活動があるわけでもなく、とにかく「釣りに行こう」という誰かの掛け声で、障害の有無に関係なく都合のつくメンバーが集まって釣りに行くという非常に気楽な釣りサークルです。

ところで、当クラブが活動を始めてから、もう7年が経とうとしています。思えば、元々だいの釣り好きであった私が、車イスに乗った友達と車で外出した際に「釣りは面白いよ。大丈夫、障害をもっていても出来るから」などと適当なことを言って、半ば騙した格好で海へ連れ出したのがきっかけでした。ただ、内心は、久しぶりの海釣りで自分が嬉しすぎたため、とても「他人の介助」どころではありません。とりあえず先に自分の竿を2本セットし、まあ誘った手前もあるので、適当に作ったしょぼいウキ釣りの仕掛けにオキアミ(エビ)を付け、「こんな仕掛けで釣れれば苦労しないよ」などと思いつつ友達に手渡しました。ところが次の瞬間、友達は、小ぶりですが青くキレイに輝くアジを釣り上げたのです。そのとき、私の中に一筋の光が差し込んだような気がしました。それは、友達の「障害」に関することではなくて、ただ単純に「釣り仲間を得た」という感覚でした。

私の実家は神奈川県の小田原というところにあり、実家から海までは歩いて1分とかかりません。4才の頃から始めた釣りをこの歳まで続けられたのは、恵まれた地の利と、そして何より「良き釣り仲間」のおかげだと思っています。ところが、10年前に京都へ出てきてからは、海のない生活を余儀なくされていました。「釣り」といえば鴨川でぼんやりと糸を垂れる程度で、当然のことながら釣り仲間などできるわけもなく、帰省して海に向かうことをひたすら夢見るばかりでした。そんなところへもってきて、実に久しぶりに「釣り仲間を得た」という感覚です。そのときの私にとって、その友達が「障害者」であることなど、はっきり言って全くどちらでもよいことでした。

それから、私たちの「仲間探し」が始まります。今でこそ「バスフィッシング」が流行し、釣りもファッショナブルな若者の趣味の1つになっていますが、7年前に「釣り」と言えば、まだまだ田舎の子供か定年したオジサンの娯楽というイメージで捉えられていました。ところが、いざフタを開けてみると意外なことに「隠れた釣り好き」が結構たくさん名乗りをあげました。あとで聞いてみると、皆、オジサン臭いと思われるのがイヤで「カミングアウト(実は自分が〜であることを告白すること)」が出来なかったとのことでした。それに加えて「手足が不自由でも釣りを楽しめる」という自負に後押しされて、仲間探しは、障害をもつ人・もたない人を問わずトントン拍子に進みました。そんなふうにして、障害をもつ人たちの外出支援のためではなく、また障害をもつ人たちに釣りを体験させるためでもない、純粋な釣り好きの集まりである『釣り鯛クラブ』は誕生しました。ちなみにクラブの名前は、「いつか皆で鯛を釣りたい」という願いを込めて命名しました。

これまで、もう数え切れないくらい釣りに出掛けました。クラブ発足当初は、明石海峡大橋の袂にある『塩谷漁港』がメインフィールドでした。メンバーの実家が所有する海辺のリゾートマンションがあったため、夜な夜な車で現地に集合して、夜はミーティング(釣り談義を肴にした宴会)に興じ、早朝から、目の前の波止場へ釣りに出るというスケジュールです。夜のミーティングには、秋の夜釣りで釣れる太刀魚の刺身が華を添えることもあります。新鮮な刺身の味も釣りの醍醐味ですが、殊に太刀魚の刺身は絶品であると言えるでしょう。太刀魚は、その名の通り生きているときは月明かりに照らされて銀色に輝いています。そして、とても足が速い(いたみ易い)魚なので、町で刺身を目にすることはあまりありません。秋の夜に、太刀魚の刺身を肴に気の合った仲間と酒を飲む、まさに釣り人冥利に尽きる瞬間です。

障害をもつメンバーと一緒に行く場合、釣り場で一番に気を遣うのが、やはりトイレの問題です。そういう意味でも、活動当初に好んで通っていたマンション付きの明石の海はベストであったといえます。ただし、よく考えてみると、トイレの問題は障害をもつ人たちに限った問題ではなく、女の子と一緒に釣りに行く場合でも常に気を遣う問題となります。そういう視点からみると、トイレは別に障害をもったメンバーに特有の問題ではないし、元々トイレが設置された釣り場は少なく、また最近の動向として「新設の公衆トイレには車イス用のトイレが設置されるの法則」に従って、釣り場で尚且つ公衆トイレがある所には車イス用トイレが設置されてるところが意外に少なくありません。ちなみに、関西近辺では、大阪・貝塚人工島や渚公園裏、和歌山・加太漁港、福井・小浜マーメイドビーチなどがあります。また、車で少し足を伸ばせば、大型スーパーや鉄道の駅に設置された車イス用トイレを利用することも可能です。

ところで、釣りにはとても多くの魅力があります。魚を釣り上げる醍醐味はもちろんですが、大海原に向かい糸を垂れて座っていると、社会生活の中で抱えている複雑な事柄から開放されるというのも大きな魅力のひとつであると考えられます。先日も、頚椎損傷をもつメンバーと一緒にお酒を飲みながら「疲れた日常生活」の話をしていて、「部屋で暗い話をしていても仕方がないし久々に海へ出ますか」ということになり、さっそく釣り竿を積み込んで海へ出ました。(ちなみに今回の写真は、その時に撮った写真です。)また、「障害のことで色々と悩むけど、海へ出ると波が全てを持っていってくれるような気がする」と言う、筋ジスのメンバーもいます。これは、直接的に釣りがもつ魅力というよりは釣りを口実にして出掛ける「海」のもつ魅力かもしれませんが、新鮮な魚が食べられることも、海辺で飲むビールの格別な味も、汗ばんだ汗を流すために立ち寄る温泉も、全て含めて「釣りに出掛ける魅力」なのだと思います。

さらに、釣りを通して出来る不思議な人間関係もまた釣りの魅力の一つであると言えるかもしれません。私事で恐縮ですが、私には、東京で舞台俳優をしている(飯島直子主演の映画『メッセンジャー』にも出演していました)1つ下の弟がいます。もう15年近く別々に生活していて、男兄弟ということもあり、久しぶりに会っても挨拶程度で特に共通の話題もありませんでした。その弟が2年ほど前から釣りを始めたのをきっかけに、少しずつ話す機会が増えてきました。殊に海を前にして二人で並んで糸を垂れていると、お互い素直な気持ちになれるのか、逆に多くを語らなくても心が通じているような感覚を得ることさえ出来るのです。このように、釣りは、人間関係に不思議な効果を与えます。その昔『ぎゅあんぶらあ自己中心派』という麻雀マンガに「卓に座れば子供も大統領も関係ない」という台詞が出てきましたが、釣りも然りで、「糸を垂れれば社長もフリーターも関係ない」のです。その典型として、浜ちゃんとスーさんのコンビは、あまりにも有名ですね。

ここまで思い付くままに書いてきましたが、最後に『釣り鯛クラブ』の2つのモットーを紹介しておきます。まず1つ目は、「出来ない理由を探したり、条件が整うまで待つヒマがあったら、実現する方法を考えて試してみよう」というものです。トイレの問題はもちろん、仕事で忙しい合間の釣りも、砂浜の車イスも、頚椎損傷をもつメンバーの夏の海辺も、これまで何らかの方法でクリアしてきました。出来ない理由を探すだけでは、また条件が整うまで待っていては、今一緒に釣りを楽しむことは出来ないからです。

そして、もう1つのモットーは、「出来ないことがあれば、女の子の荷物を持ってあげるように手伝ってあげる」というものです。例えば、女の子と一緒に釣りに行けば、重たいクーラーボックスを持ってあげることもある。初心者と一緒に行けば、糸を結んであげることもある。そこには決して「してあげる・していただく」などという上下関係は生まれません。私達は、それと同じように、手が不自由な人の代わりに仕掛けを作ってあげたい、針にエサを付けてあげたい。そんなこと何でもないことです。何故ならば、目の前には全てをつつむ海があり、私達は一緒に楽しむことの出来る「釣り仲間」を見つけたのですから。

「釣りに障害なし」、さて、今度はどんな魚が竿先を揺らしてくれるのでしょうか。ありがとうございました。

注 写真は省略しました。

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