頸損だより2000冬(No.76)

俳句〜三十句〜

安藤久子

一日の雨に暮れゆく青田かな

梅雨出水心かけしが電話かな

午後よりの炎暑の道をリハビリに

汗ばみて介助されをりありがたし

海へ行くカラフルなりし車椅子

日盛りを手を振りながら遠ざかる

手花火の闇に匂ひのかすかあり

星涼しこの身を神に委ねゐて

クーラーの利きすぎてゐて無言なり

今日もまたやり場なかりし猛暑かな

生涯に悔の一つや盆の月

新涼の夜のヴァイオリンの音色かな

生きてゐることの嬉しや月仰ぐ

十六夜の雲のほのめきをりしかな

初秋やオペラ観に行く紅さして

秋扇たたみて話つづきをり

頼りし子のおとなしく氷菓食む

ざわざわと稲穂の揺れて淡路陵

原稿のやうやく終えて夜長かな

書きかけしままの原稿灯下

くすり飲むごくごくと水澄めり

秋雷のほか誰もこず一日暮る

大地震のよみがえりたる秋の昼

生かされて今年もあへる秋祭

賜わりし命を思ひ秋の昼

秋宮の深閑として神楽殿

書くことも生くる証しの良夜かな

秋めくや何成さぬまま一日過ぐ

芳香の葡萄盛られし卓の上

一人漕ぐ空の青しや曼珠沙華


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