頸損だより2002春(No.81)

会員ミニ勉強会VOL.3

『頚損者のための褥瘡対策知識講座』

報告:森

第一回目『異性介助問題』、第二回目『泌尿器関係』に続き、会員ミニ勉強会第三弾『頚損者のための褥瘡対策知識講座』を昨年11月25日(日)に長居障害者スポーツセンターで行いました。春夏のフォーラム、ボラ部勉強会とは別に、より頚損者にとって身近な問題をテーマに取り上げる事を目的に一昨年から新たに始めた会員ミニ勉強会ですが、今回は会員・家族・同伴者36名、ボランティア16名、外部参加者13名の合計65名とミニ勉強会としては大勢の参加で、頚損者にとっては一生縁の切れない褥瘡(じょくそう=床ズレ)がテーマだけに、さすがに関心の高さがうかがえました。

今回講師を務めていただいたのは、兵庫県西宮市にある明和病院で主任看護婦をされている末武千香氏で、末武氏は1999年に日本看護協会WOC看護認定看護師の資格を取得されています。WOC看護認定看護師とは、看護の専門性を高めるために1996年より開始された認定看護師制度に基づき専門教育を受け、資格を取得された看護師のことで、WOC分野(W=WOUND:創傷、O=OSTOMY:人工肛門、C=CONTINENNS:失禁)の患者に対する専門看護を提供するとともに、医療者に対する教育も担っています。

当日は、まず13:30〜14:30まで講演を行っていただき、休憩を挟んで14:45〜16:00まで質疑応答、その後17:30まで交流会を行いました。

それでは以下、今回参加できなかった皆さんのために、講座の内容をまとめて紹介します。


1.褥瘡のできるメカニズム

褥瘡は、従来考えられていたように、単に皮膚が長時間圧迫されただけでできるのではなく、圧縮、せん断、引っ張りの三つの応力により起こる。圧縮の応力とは皮膚が圧迫されること、せん断とは押し上げられるような力により皮膚が切れてしまうこと、引っ張り応力とは引っ張られて皮膚がひきつれることを意味する。仮に人間の体が平坦だとすれば、ベッドのマットや車椅子のクッションなどと同じ平面同士が長時間接触していても、均等に圧力が分散されるため褥瘡はできないが、実際には人間の体には骨などのでっぱりがあるため、上記の3つの応力の作用で褥瘡ができる。

褥瘡のできやすい危険要因としては、意識状態の低下、筋肉がやせ細ることによる病的な骨の突出、関節のこわばり、浮腫(体のむくみ)などがあり、またさらに危険度の高い警戒要因としては、皮膚の湿潤(汗・尿などにより尻や陰部が常に湿っている状態)、体位維持の低下(体がズレやすい、体位変換ができない、痛みが分からないなど)、栄養状態の悪化(特に痩せていること)などがある。


2.褥瘡の分類

※ここではアメリカの褥瘡諮問機関NPUAPの深さの分類を採用。


【ステージ1】

表皮が赤くなった発赤が一日たっても消えない状態(除圧することにより一日で消える場合は、単に圧迫による一時的な反応性の発赤で心配ない)


【ステージ2】

創傷(傷)が真皮(しんぴ=毛根のある場所)までおよぶ場合。分かりやすく言うと、薄皮が一枚はがれた状態。


【ステージ3】

傷が皮下脂肪にまでおよぶ場合(脂肪は黄色なので、傷口がそのような色をしている場合)


【ステージ4】

傷が筋肉、骨までおよぶ場合。


※ステージ3&4では、引っ張り(ズレ)応力が加わっているので、潰瘍の周囲に ポケットができていることが多い。


なお、一般的には、ステージ2で発見して消毒・除圧などの適切な処置を施した場合、たいていは1〜2週間で治るが、3&4の場合は治るまでに”褥瘡の直径x月”の期間(例えば直径10cmの褥瘡だと10ケ月)かかる。

また、いったん褥瘡が治っても、皮膚がしっかりするまでには3〜5年かかり、その間は再発しやすい。


3.褥瘡の予防とケア

《予防》
  1. ズレの排除
    自分の体に合った車椅子を作ることで、正しい座位を確保し、体のズレを防ぐ。スイスなど福祉先進国では、各患者の体の状態に細かく合わせた車椅子を作るのが常識だが、日本では患者が業者の既製品に合わせているのが現状で、そこに無理が生じて褥瘡ができやすい。例えば、工学技師の指導の下で車椅子を作り替えただけで、何十年も治らなかった褥瘡が完治した例もある。そこで、車椅子を作る際には、最低限座圧分布の測定を行い、特定箇所に圧力が集中しないようクッションの調整をしてもらう。具体的には、兵庫県玉津の兵庫県立総合リハビリテーションセンターリハビリテーション中央病院(神戸市西区曙町1070 078-927-2727)のリハ科外来では、座圧測定の結果に基づいて4分割式のロホクッションの空気圧を調整してくれる。また肥満になると体がズレやすくなるので、なるべく太らないよう注意する。
  2. 除圧の工夫
    一般的には15〜20分置きに1分程度のプッシュアップ(お尻を浮かせる動作)を指導するが、頚損で自力で無理な場合は、介助者に持ち上げてもらうか、あるいは上半身を前後左右にゆするだけでも圧力は分散できる。それも無理な場合は、電動リクライニング式車椅子を作り、ときどき背もたれを倒すことで除圧ができる。
  3. 皮膚を清潔に保つ
    便や尿などによる細菌感染が褥瘡の原因になることがあるので、陰部や尻の皮膚を清潔に保つ。
  4. シーツのしわやシーツの下の異物、ゴムの締め付けなどによる圧迫に注意する。
  5. カイロによる低温熱傷や湯たんぽなどによるヤケドから褥瘡になることもあるので注意する。
  6. 車椅子のフットレストとの接触によるかかとやくるぶしの床ズレの予防に、室内でも靴を履く方がよい。
《ケア》

褥瘡ができた場合、昔は乾燥させるのがよいと信じられていたが、現在は、逆に適度な湿度と温度が治癒促進のために必要であると認識が改められている。従って昔よく使用されたイソジンは効果がなく、最近は創傷(褥瘡)を薬効のあるシート(創傷被覆剤:デュオアクティブドレッシング、ソーブザット、カルトスタット、アクアセル、キエールなど)で覆うことで適度な湿潤環境を確保する治療法が主流となっている。


《Q&A》

Q:褥瘡になりにくい食べ物は?
A:褥瘡の予防・治療にはビタミン、亜鉛を十分に摂ることが大切。貝類のカキには亜鉛が豊富。
Q:褥瘡が治った後、皮膚を鍛える方法は?
A: 鍛えるのではなく、保護する方がよい。ステージ1の褥瘡または褥瘡が治りたてでまだ白っぽい皮膚をズレから守るためには、以下のものを使用するとよい。
【透明なドレープタイプの保護シート】
テガダーム
 オプサイト
片面が粘着力を持ったビニールシート状で、褥瘡部の皮膚をカバーすることでズレや糞尿の付着、過度の湿潤を防ぐ。(薬効はないので褥瘡の治癒を促進する働きはない。)ステージ2以上の褥瘡で傷口をガーゼで覆っている場合、そのガーゼがズレないように固定するためにも使用される。なお、汗をかいた場合、シートと皮膚の間に溜まってしまうことがあるので、その点注意が必要。また、長期貼りっぱなしによるテープかぶれ、およびそれによる床ズレを防止するため毎日交換することが望ましい。
【撥水性皮膚保護剤】
 ワセリン
 アズノール(沈痛・消炎作用あり)
 ユニダーム
いずれもクリーム状で、褥瘡部の皮膚に塗ることにより水分を弾く保護膜を形成する。また、ステージ2以上の褥瘡で、傷口を覆うガーゼが浸出液でびちょびちょになってしまうと、褥瘡周囲の皮膚まで弱ってしまい褥瘡が治りにくくなってしまうが、あらかじめ塗っておいてそれを防ぐためにも使用される。
【テープかぶれを防ぐ保護剤】
 スキンフレック
 皮膚保護パック
綿花またはスプレー式で、保護シートやテープを貼る場合に、粘着面に接触する皮膚に塗布しておけば、テープかぶれを防いでくれる。
Q:通院している病院でビニールテープには発ガン性があると聞いたが本当か?また他にかぶれにくいテープがあったら教えて欲しい。
A:そのような話は聞いたことがない。ビニールテープは粘着面に粗雑に糊がついているため、汗をかいたりすると、すぐにはがれるので確かにかぶれにくい。どのテープでかぶれるかは個人差があるので答えにくいが、個人的には「優肌(ゆうき)バン」(ニトリート社製)がお薦めできる。また、病院にはたいてい30種ほどの医療用テープを置いており、テープ幅(通常12.5、25、50mmの3種)もかぶれやすさに関係するので、合わない場合は患者の方から変更を申し出るとよいと思う。
Q:平熱が高く尿取りパッドを使用しているが、これは床ズレの原因になるか?
A:過度の湿潤と不潔さは床ズレの原因になるが、パッドの性能、取り替え頻度によると思う。なお交換の際には塗れタオルで拭き取るように心がけるとよい。
Q:入浴は予防によいと思うが本当か?
A:入浴は次の理由から褥瘡予防によい。(1)清潔を保てる(2)血行を促進する(→治癒効果にもつながる)また同じ理由で、予防だけでなく、褥瘡ができている場合も入浴した方がよい。入浴直後は褥瘡部位の細菌の数は増えるが、最後にシャワーで傷をしっかり洗い流すことで、最終的には数が減少する。
Q:内部に進行する褥瘡を早期に発見する方法は?
A:ステージ2以上の褥瘡にかさぶたができて、かさぶたの内部に菌がいる場合、かさぶたのためにかえって膿や浸出液が外に出られず、どんどん内部へ溜まっていってしまう。この場合、いったんかさぶたを取り除いて内部に溜まったものを外に出してしまわないといけない。見分け方は、菌がいる場合は、かさぶたの周囲が赤くなる。かさぶたは自宅ではがしてもよいが、皮膚が黒く変色した黒色壊死組織の場合は、病院に行って取り除いてもらった方がよい。また、ポケットができている場合、毛膿炎が原因の褥瘡で皮膚表面に傷がなくても、皮膚下に膿が溜まっているため、押すとぶよぶよした感触がする。
Q:毛膿炎とは?
A:汗・皮脂が分泌される毛穴から菌が侵入し化膿することで、床ズレの原因になることもある。皮膚を清潔にすることで予防できるが、皮膚がアルカリ性に傾くと菌を吸収しやすくなるので、石鹸は弱酸性のものを使用する方がよい。ちなみに、皮脂にはpH(ペーハー)を酸性寄りに調整しそれを防ぐ働きがある。また、皮膚が乾燥すると軽石のようにスカスカの状態になり、菌を受け入れやすく、増殖しやすくなる。従って、アルカリ石鹸を使用する場合は、直後に補湿剤も使用した方がよい。
Q:褥瘡の各ステージで使用すべき薬を教えて欲しい。
A: 【ステージ1】
 先に答えたので省略。
【ステージ2】
 創傷被覆剤:デュオアクティブドレッシング、コムフィールなど(シート状)
 <使い方>
  1. 褥瘡の周りを石鹸などで洗う。
  2. 褥瘡内部を生理食塩水で圧力をかけながら洗浄する。
  3. 滅菌ガーゼで水分を拭き取る。
  4. 褥瘡の倍のサイズに切った創傷被覆剤を傷を覆うように貼る。
  5. ズレないように上からテラダーム、オプサイトなどの保護シートを貼る。
※但し、仙骨・座骨などズレの生じやすい部位や浸出液が多くてシートが貼れない場合には、綿状で給水力が約30倍あり、固着しないタイプ(カルトスタット、ソーブザットなど)を使用する。
※入浴する場合には、傷口を洗浄した方がよいので、はがした方がよい
【ステージ3】
※治療の手順として、まずは壊死した組織の除去、次に肉芽形成の促進、最後に傷の縮小。
  • 壊疽除去剤(壊死して黄色または黒色に変色した組織を取り除く):ブロメラリン軟膏、バリターゼ軟膏など
  • 肉芽形成促進剤(肉の盛りを促進する):リフラック軟膏、オルセノン、プロスタミン、ユーパスタ、フィブプラストスプレー(昨年3月に認可された最新薬でよく効く)など
  • 創傷治癒促進剤(傷を縮小する):アクトシン軟膏など
Q:足の裏側に約10pの褥瘡があり、主治医の指示で1日1回消毒と薬を塗ってガーゼ交換をし、入浴の際は防水して入っているが、5年以上治ってない。今日の話を聞いてもっといい治療法があるのではと思ったが、よい病院があったら教えて欲しい。
A:十分な知識を持たず、未だに褥瘡は治らないものと思い込んでいる医師がまだまだ多いのが日本の現状。1週間で効果が出なければ薬を変えるのが普通で、5年たっても治癒していないこのケースなどは、医師の倫理規定に違反しているといえる。WOC看護認定看護師がいて褥瘡外来を設けている病院には、大阪厚生年金病院などがある。
Q:ストマ(人工肛門)には便意はあるのか?また手術後、元に戻せるか?
A:便意はない。ストマには一時的と永久的の2種類があり、一時的なものは元に戻せる。

《最後に》

終了後に参加者に記入してもらったアンケートを見ると、わかりやすくてよかったとおおむね好評でしたが、一方でより突っ込んだ内容を聞きたかったという意見も少なからずありました。僕自身、エアマットやクッションなど褥瘡予防用品のことなど、まだまだいろいろと他に知りたいことがありますので、いずれ是非褥瘡をテーマに第2弾のミニ勉強会を行いたいと思います。

注 図は省略しました。

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