頸損だより2002秋(No.83)

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「残酷な記憶」


東京と大阪の距離は約560キロくらいでしょうか。新幹線なら3時間で行けますが、僕の電動車椅子は時速6キロだから、この距離を移動するとしたら93時間くらいかかります。一睡もせずに移動してもこんなに時間がかかるなんて気が遠くなりますが、それを成し遂げた人がいるんです。映画「ストレイト・ストーリー」の主人公、アルヴィンは73歳。他愛ない口ケンカがキッカケで10年来仲違いしている兄が病気で倒れたという知らせを聞いて、この機会に仲直りしようと560キロ離れた町に住む兄に会いに行くという実話を基にした作品なんですが、目が悪く腰も悪い彼は車ではなく、時速8キロのトラクターで一人で向かうんですね。車なら1日で行ける距離を時速8キロのトラクターで6週間もかけて兄に会いに行く姿を見てると、ゆっくりでもいいから「自分の力で成し遂げる」ことに意味がある…ということを改めて知らされる思いです。

旅の道中でさまざまな人と出会い、心を通わせるんですが、ある日、彼は出会った若者に「年をとって最悪なのは何?」と質問されるんですね。この問いに彼は「若い頃を覚えてることだ」と答えるんです。これは若い頃は出来たことでも年をとると思うように体が動かなくて出来なくなる…それが辛い、という意味でしょうか。

僕は人生の途中で体に障害を負いました。だから、障害者になる前は当たり前のように出来ていたことが今は体が不自由で出来ない、それを辛く感じることは今でもあります。記憶というのは時として残酷なもので、それを知らなければ辛く感じないことでも、以前の自分と比較して、自由にならない体が歯痒くてなりません。でも、幸せな記憶が自分を動かしてくれることもあります。だから、これからはそんな記憶がたくさん増えるように、何事にも悔いが残らないように、今しか出来ないことを大切にしていきたいと思ってます。10年後、20年後にもう一度この映画を観てそのときの自分に問いかけてみたい。「年をとって最高なのは何?」と…。最高と思えるように年齢を重ねていければきっと豊かで幸せな人生でしょうね。よし、僕も旅に出るか(笑)。のどかな自然の風景に心は癒されるし、感動がさざ波のようにじわじわと押し寄せてくる作品です。


「ストレイト・ストーリー」('99アメリカ)

監督:デヴィッド・リンチ

主演:リチャード・ファーンズワースほか


<ストーリー>

73才のアルヴィンはアイオワ州で娘と二人暮らし。ある日、彼のもとに他愛のない口論がきっかけで10年来仲違いしてる兄が病気で倒れたという知らせが届いた。この機会に兄と仲直りしようと決心した彼は時速8キロのトラクターで旅に出た。アイオワ州から560キロ離れたウィスコンシン州に住む兄と、また二人で若い頃と同じように星空を眺めるために…。

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赤尾"映画中毒"広明

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