頸損だより2003冬(No.88)

巻頭言

おもいでの風景 〜二度とない今日〜

松崎有己

最近、子供の頃の事をよく思い出します。忙しい仕事の合間に父が連れて行ってくれた川辺の美しい風景や、夕食のあとみんなで散歩して手のひらで淡く光った蛍、降り積もった雪の中を寒さも忘れ駆け回ったことなど、その時にはそれほど深く考えたり感じることもなくなんとなく過ぎていった時間が、今となっては戻りたくてももう二度と戻れない貴重な時間だったのだと感じるようになりました。

それは田舎を離れ、あまり自然のない都会のビルに囲まれて生活しているせいなのかもしれませんし、家族と一緒に生活していないのでちょっとホームシックになっているのかもしれません。でもやはりこんなふうに昔の思い出に浸れるのは、私もそれなりに年を重ねてきた証なのでしょう。ただ、この「それなりに」というのが、たいしたことがないように聞こえて、実はものすごく贅沢で幸せなことのような気がするのです。美しい風景や自然がそこにあったからこそ持つことができた思い出ではあるのですが、もちろん、私にもつらく悲しい時期はありました。思い出すのもはばかれるような過去の記憶もいくつかあります。しかし、親元を離れ自立生活をはじめてからのこの2年半、毎日が新しい出会いと気づきの連続で、いま現在の自分がとても充実した時間を過ごせているからこそ、振り返る思い出がとても懐かしく美しいものに感じられるのだと思います。

それは決して自分ひとりの力などではなく、多くの人達の温かい心に支えられているおかげなのです。つい忘れがちな感謝の気持ちを持ちつづけられるように、貴重な毎日をもう二度とない今日を精一杯生きたいと思います。


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