頸損だより2003冬(No.88)

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「暗闇に射す光」


「オブジェクト・ロス(=対象喪失)」という心理学用語があります。人であったりモノであったりペットであったり、その人にとって大切な"何か"を失ったときの喪失感のことなんですが、映画「チョコレート」は絶望感に打ちのめされた男とすべてを失って傷ついた女がまるで運命に導かれるように出会い、お互いの喪失感を埋めていくという人生の再生を描いたヒューマンドラマなんです。

運命というのは皮肉なもんで、黒人を忌み嫌う看守のハンクは自分が死刑に立ち会った黒人の妻レティシアと偶然出会うんですね。お互いに深い悲しみと大切な人を失った喪失感を共有する二人はやがて激しく体を求め合うようになるんですが、そこには肌の色なんて関係ない。あるのは「絶望」という名の孤独の中でもがき苦しむ、痛々しいほど傷ついた男と女。傷ついた心を癒すには幾千の言葉よりも大きな力をもつモノがあるってことを痛感させられました。レティシアの「私をまた女にして」という言葉は暗闇から必死で再生への光の道筋を探し出そうとする女性の悲痛な心の叫びのように聞こえるんで、胸が締め付けられるほど苦しいシーンです。

抑制の効いた演出をしてるから静かで淡々としてますが、でも、それがかえって深い味わいを生んでます。たとえば、ソニーが自殺する場面、銃口を自分に向けて「死ぬぞ、死ぬぞ」って観客の感情を煽ることなく、実にあっさりと引き金を引いて死んでしまうから、そのときの印象は薄いんですが、後になってから父親のハンクの悲しみがじわじわと心に押し寄せてくるんですね。現実でもそうじゃないですか。喪失感というのは失ってすぐはあまり実感がないけど、しばらく時間が経ってから悲しみが押し寄せてくる…。そういう意味で見終わった後にリアルな痛みが胸にくる、そんな苦しみは抑制の利いた演出だからこそ味わえます。心に深い傷を負った男と女が束縛(あるいは呪縛)から解放され、「希望」という名の人生をリスタートさせる。余韻が残るラストシーンがまた静かでいつまでも心に残ります。

原題は「Monster's Ball」。死刑囚が処刑の前夜を平穏に過ごせるように催すパーティーのことなんですが、邦題の「チョコレート」は黒人のことを指してます。ハンクがチョコレート好きというのもありますが、中身は深く傷ついた男女が再生していく重たい人間ドラマなのに、恋愛を前面に押し出す、いかにも日本らしい甘いタイトルなのがちょっと残念。


「チョコレート」('01アメリカ)
原題:「Monster's Ball」(=化け物たちの夜会)
監督:マーク・フォスター
出演:ビリー・ボブ・ソーントン、ハル・ベリーほか

<ストーリー>

人種差別が根強いアメリカ南部の田舎町。刑務所の死刑囚棟に勤務する白人至上主義者の看守ハンク(ビリー・ボブ・ソーントン)は自分の主義を押し付けていた息子ソニー(ヒース・レジャー)に目の前で自殺され、自責の念に打ちのめされていた。死刑囚の妻で黒人のレティシア(ハル・ベリー)は夫の死刑が執行された数日後、一人息子タイレルが交通事故で死んでしまい、何もかも失ってしまった。そんな二人はまるで運命に導かれるように出会い、愛し合うようになるが…。ハル・ベリーが黒人女性初のアカデミー賞主演女優賞を受賞した話題作です。(ビデオレンタル中)


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赤尾"映画中毒"広明

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