頸損だより2004冬(No.92)

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「ボブ・ディランに憧れて…」


拝啓ボブ・ディラン様。

あなたがデビューしてから随分経ちますが、僕はあなたの音楽に出会えて本当に良かった。あなたの音楽に出会って僕は"ロック"に目覚めたんですが、実はそのことを少し後悔したこともありました。中産階級に生まれた僕は不良でも優等生でもなく、これまで普通に生きてきました。だから、あなたのように旅に出る必然はなく、それが僕のロックに対するコンプレックスになったんです。そんな僕が作る詩にはウソがある。不幸なことに不幸なことがなかったから…。でも、僕はこれから自分が本当に歌いたい歌を歌うことにします。ロックとは自分がやりたいことをする…それでいいんですよね?(by中島@ギタリスト)

映画「アイデン&ティティ」は空前のバンドブームとその終焉の渦中にいたロックバンドのギタリストが「自分だけにしか見えない"ロックの神様"」の啓示によって自分たちの音楽を追及していく…その苦悩と挫折と成長を描いた青春映画です。原作が刊行された92年はまさに「イカ天」がブームで、インディーズバンドのメジャーデビューが相次ぎましたが、おそらく彼らバンドマンは皆、この作品の主人公のような苦悩を抱えていたんでしょうね。デビュー前は「自分たちがやりたい音楽をやるんだ」という強い信念があったはずなのに、いつしか「売れる曲」が前提の商業音楽になってしまうわけで、理想と現実のギャップに苦しみながら曲作りをしなければいけなくなるから、バンドのアイデンティティーさえどこかに見失ってしまう…。

数々の啓示はボブ・ディランの曲の歌詞のようで、ある日突然目の前に現れたロックの神様がギタリストに与える言葉は自分がこれから歩みたい道の道標となりますが、やりたいことをやる、やり続けることって実はとっても難しいですよね。でも、自己の表現欲求に対する真摯な姿勢で聴く人の心に訴えかけるボブ・ディランの歌が迷える青年に教えてくれました。「やらなきゃならないことをやるだけさ」「だからうまくいくんだよ」と。自分が生きる道は自分が生きたいように生きるのがいい。ロッカーにはロッカー流の生き方があるから、ロッカーの中島は自分の心に「自分は正直に生きてるぜ」と誓えるならそれでいいんです。でも、中島はロックに背くようにすぐにファンと関係を持ったりして、本来あるべきロック道からかけ離れていく。そのたびに彼は自分と向き合い、「本当のロックとは…?」と自問するんだよね。そのあたりが人間臭くていい。ロックとは自分らしく生きること。じゃあ、"自分"ってなんだ?って。今の自分はどうだ?

みうらじゅんの伝説的なコミックを個性派俳優でNHK「プロジェクトX」のナレーターも担当してる田口トモロヲが初監督。脚本は映画「GO」とか「ピンポン」を手がけた宮藤官九郎という面白いコラボレーションなんで、それだけでも期待できますが、クドカンにしては笑いが少なかったのは意外。主演は電撃解散したGOING STEADYの峯田和伸。さらに、エンディング曲にはボブ・ディランの「LIKE A ROLLING STONE」が世界で初めて映画で使われたことも話題とか。

実はアイデンとティティの恋物語でもあるこの作品が教えてくれること。世界を動かしてるのは愛なんだぜ baby.だから、本物の愛を見つけたら絶対に手放すなよ。アイデンはティティと結ばれて「アイデンティティ」を見つけました。

「アイデン&ティティ」('03日本)
原作:みうらじゅん(「アイデン&ティティ」)
脚本:宮藤官九郎(「ピンポン」「木更津キャッツアイ」)
監督:田口トモロヲ
出演:峯田和伸、中村獅童、大森南朋、麻生久美子、マギーほか

<ストーリー>

小さなスタジオで練習に明け暮れていたロックバンドのSPEED WAYはバンドブームに乗ってメジャーデビューが決まった。しかし、所属事務所の社長から「売れる曲を作れ」と命じられ、自分たちが歌いたい曲を作りたいギタリストの中島(峯田和伸)は「売れる曲」と「歌いたい曲」の狭間で苦悩していた。そんな時、目の前に突然現れた"ロックの神様"が彼に啓示を与えるが…。(ビデオレンタル中)


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赤尾"映画中毒"広明

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