頸損者にとって排便管理は悩みのタネ。便出し日は排便に何時間もかかって、身体は負担だし、行動も制約される。出かけた時は失便(便失禁)が心配…。そんな悩みを解消するかもしれないのが、アメリカ生まれの「盲腸ポート」という新しい治療法です。
要するに浣腸を使って排便するわけですが、肛門から入れるのではなく、大腸の上流部分に入り口(ポート)を取り付け、そこから浣腸液を入れて腸内の便をきれいに出してしまおうという考え方。排便に時間がかかっていた人も短時間で排便が促され、便失禁も少なくなるということで、QOLを大きく改善する治療法として今、注目を集めています。
日本では2003年に手術が始まったばかりで、実施している医療機関はまだ限られています。盲腸ポートとはどんなものか? 頸損にとってどれだけ有効なのか? 2月20日(日)の会員勉強会で、近畿で唯一この手術を行っている高槻病院の家永徹也先生をお招きし、気になるところをうかがいました。その要旨を紹介します。
盲腸とは、大腸のいちばん始まりのところ。盲腸ポートの治療の原理は、この盲腸から浣腸液を入れる。すると腸が刺激されて蠕動が始まり、腸内にたまっている便が押し出されて直腸に行くというものだ。
普通の浣腸とどこがちがうか。普通の浣腸は、おしりのところから浣腸液を入れる。すると刺激が起こるが、肛門に近い部分にたまっている便が少し出るだけ。
盲腸ポートから入れると、上流部分から刺激して、中にたまっている便をずーっと押し出す力が働く。浣腸の方法としてはかなり強力な方法だ。
便をずーっと下に押し出すと、ほとんど出る。次に便が盲腸のところにたまるまでに1日か2日はかかる。その間は排便する心配がなく、失禁の予防にもなる。
なかなか病院に来てもらうのは難しいので、電話やeメールでお話をうかがっている。
やはり1回はお顔を見させていただいてお話をうかがいたいということで、外来に1回は来ていただく。
心電図、肺機能、血液検査など
大腸内視鏡検査、または注腸透視
下剤を大量に飲んで強制的に排便し、大腸内をカラッポにする
グリセリン浣腸液 体重あたり1ml/kg(50kg→50ml)
※入れる器具は、胃ろうで使うガストロボタンというもの。シリコン製でかなり丈夫で、壊れることはほとんどない。先端が腸の中に入り、キャップがついている部分が外に出る。ふたを開けたときに腸液が飛び出しても困るので、逆流防止弁がついている。
手術時間は約1時間。手術の影響はそんなにない。虫垂炎の手術とあまり変わらないと思ってもらったらいい。全身麻酔をすることだけは負担になる。
高槻病院で手術を受けられた患者さんについて
(2003年3月−2004年10月)
失禁回数 | 術前 | 術後 |
毎日 | 3例 | 0 |
1/週 | 2例 | 0 |
1/月 | 4例 | 2例 |
1/3ケ月 | 2例 | |
1/6ケ月 | 1例 | |
0 | 4例 |
術前 | 術後 | |
排便管理 | ||
下剤 | 15 | 2 |
座薬 | 3 | 0 |
肛門からの浣腸 | 4 | 1 |
食事制限 | 3 | 0 |
摘便 | 6 | 0 |
社会生活 | ||
仕事の障害 | 4 | 0 |
外出制限 | 4 | 0 |
アンケート調査より5段階評価
評価 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
脊髄疾患 | 6 | 2 | |||
慢性便秘症 | 1 | 1 | |||
脳性麻痺 | 1 | ||||
子宮癌術後括約不全 | 1 | ||||
痔瘻術後括約不全 | 1 |
(手術を受けた人からの意見)
みなさん関心が高い問題だけあって、活発に質問が出され、家永先生にていねいに答えていただきました。
最初は毎日をおすすめしている。毎日していただいて反応を見て、慣れてきたら2日に1回などにされている方が多い。毎日だと、1時間以上かかって管理するのはやっぱり大変ということがあるようだ。現在、2日に1回の方と、毎日の方と半々ぐらいだ。
3日に1回はどうかというと、便がたまる量がかなり多くなるので、浣腸液を入れても反応が不規則になって、たくさん出たり、後に残ったりしないか心配だ。2日に1回ぐらいの方が安定した状況でできると思う。
やはり人によってちがう。大腸の大きさもみんなちがうし、便秘になっていた期間が長い人は、大腸自体が弛緩してしまって、大腸の中でたまる便の量がけっこう多い場合がある。そういう人はどうしても少し反応が悪くなったり、不規則になったりする。また慣れてくるまでに時間がかかる人もいる。
最初慣れるまでだが、入れた後、腸の蠕動が亢進するので、気持ち悪い、お腹がごろごろして困る、という不快感を感じる人がいる。ある程度回数を積んで、そういう胃腸の運動に慣れてくると、腸自体も慣れてきて違和感もとれてくるが、最初ちょっとなじみにくい人はいる。苦痛というのはあまりないと思う。
下痢が続くというのはあまりない。逆に日によって反応が悪い、出にくい時があったという人はいる。ちょっと時間がかかるようになった、最初30分で出たのが1時間かかるようになったという人はいる。まだ今の時点では、下痢とか反応が悪いとかというのは、最終的に判断しにくいと思う。もう少し長期的に経過を見て考えたい。
下痢といっても、障害のない人でも下痢する時はある。だから下痢をするのは、食事とか体調とか、そういう要素も入ってくるのではないか。
なかなか最初はわかりにくいという人がいる。最初浣腸液を入れて、その1回目の刺激で大部分は出る。が、その刺激が残っていて、まだ腸の蠕動が続いている場合がある。そうした場合は、出た後に残っている分がまたたまってくる。
そういうことがやはりあるようで、話を聞くと、1度出た後にもう1回指を入れて確認しているという人がいる。慣れてきたら、1回出た後にまた少したまって出るんですと言っている人もいる。そのように、1回出た後にちょっとたまってくるというのを覚えておいてもらって、それにどう対処するかを考えるべきだと思う。
今はグリセリン浣腸でしている。アメリカのデータなどでは他の下剤を使っている人もいて、絶対にグリセリン浣腸でないとだめということはないが、今の時点では、グリセリンでまず支障がなく、他の浣腸液は使っていない。可能性としては使ってみてもいいかもしれないが、わからない。
漏れたことはない。漏れないように、盲腸のところとお腹の壁とをつないでいるので、お腹の中に便や浣腸液が漏れることはない。
別にトラブルがなければ必要ない。
ポートの中が少し汚れることがある。それはどんな水でもいいので、ちょっと洗ってもらったらいい。周りも別にふだんは必要ないし、そのまま風呂に入って、あときれいにふくぐらいでいい。
めったにないが、つまったときは水で押し出すようにしてもらったら問題ない。
自費の費用で、手術料と入院にかかる費用を含めて、1週間ぐらいの入院で約50万円。退院後の傷の処置や排便の管理は健康保険の範囲内でしている。
この手術の後はだいたい自然に出る人が多い。便が残っていないかどうかをチェックする意味で、指で確認する方はいるが。
当然ベッドの上でも可能だが、だいたいトイレにすわってしている方が多い。専用のトイレを作っている人もいる。
特に注意することはない。ポートの入っている周囲をある程度ふいて清潔にしておくぐらいだ。逆に心配してお風呂に入らない人がいるが、入らないとどうしてもただれたままになってしまう。周囲をきれいに洗うことが大事。
肉芽ができる人は、どうしても粘液が出てくるということと、チューブ自体がねじれた形になったりすることがあると思う。身体をひねったり、お腹に力を入れたりしてひねって、チューブがちょっと引っ張り気味になることがある。
ポートはシリコン製で刺激は少ないと言われているが、チューブが出っ張った状態になったり、ねじれた状態になったりすると、肉芽ができやすい。ある程度チューブが飛び出さないような状態に保つことが、肉芽の予防になると思う。
今のところ、そういうはっきりした報告はない。他の薬剤、下剤などは習慣性があるが、浣腸液に関してはあまり習慣性というのはないと思う。
先ほど示したように、データとしてはだいたい、約20分で全員排便がある。最終的に処理して終わるのに1時間ぐらいかかる。今2時間ぐらいトイレにかかるという人は、この手術はメリットがあると思う。1時間以内ですんでいるのだったら、現状のままでもいいと思う。2時間以上トイレにかかって困る、それから失禁で困る、というのが手術に踏み切る基準だと思う。あと介助面での苦労はどうかということだ。
ポートの周りから便が出ることはない。肛門からの失禁は、月に何回か出る人が何人かいるが、その辺は許容範囲かというところもある。障害がない人も月に1回ぐらいは下痢したりするので、盲腸ポートをしているから下痢するという問題でもないと思う。
虫垂をとって盲腸をお腹のところに固定する手術。だから他のところまでは影響はほとんどない。
糖尿病はあまり良くない。ひどい場合は感染症が多い。手術した時に皮膚の周りが化膿してくることがある。糖尿病の状態を十分にコントロールした状態で手術していただいたら問題ない。
大腸自体をある程度の長さを外してきて、壁に固定することを行うので、やはり全身麻酔の方が安心だと思う。それから脊髄損傷の人は痙性が起こりやすいので、そういう意味でも全身麻酔の方が安全だと思う。
注入する量は、原則として体重あたり1cc。60kgの人で60cc。効きが今ひとつの人は増やしたりもしている。
肛門から入れる浣腸は、今は医療行為になっていないと思う。盲腸のところに浣腸液を入れるというのは、今までされていなかった行為だ。だから何も決まりはなく、医療行為ともいえない。
盲腸ポートは、便が残らないというのがひとつのポイント。腸の中をカラッポにしておくので、ちょっとゆるんでも出るものはないという考え方だ。ゆるいかきついかはあまり関係なく、便が残っていないかが問題だと思う。
寿命は、2年ぐらい使って全然問題ない。手術を始めてまだ2年しかたっていないので、それ以上はまだわからない。胃ろうの場合は、食べたものがつまったり、胃酸の影響もあって、半年ぐらいで交換した方がいいと言われているようだが、盲腸ポートはまず壊れることはないので壊れるまで使ってだいじょうぶだ。
交換する時は、麻酔などせずに、外来の処置だけでできる。
ベッド上ですると確かにしにくいかもしれない。何人か頸損の人も手術させていただいたが、出す時に、みなさんけっこう座ったりして出しているようだ。ある程度、お腹を下にして腸の運動を下に送るような形ですることが必要なようだ。
摘便が必要かどうかは個人差があるのでわからないが、確かに締まりすぎている場合など、きっかけとして指で刺激して肛門括約筋をゆるめるというのは要るかもしれない。
腸の中はもともとバイ菌だらけだ。膀胱はきれいだから、逆に膀胱ろうなどは膀胱炎を起こして尿路感染症を起こすことが多い。もともと腸の中はバイ菌だらけなので、そこには感染は起こさない。
起こすとしたら腸が入っている道筋。道筋というのはだいたい、腸が入ったらその大きさに道筋は固まるのだが、たとえばチューブが腸の外に引っ張られたりして変な方向に引っ張られると、その道筋がゆるくなったり傷ついたりすることがある。そういう場合、その前に感染を起こすことはあるかもしれない。
盲腸ポートを抜いてしまった後は、比較的短期間ですぐにふさがってしまうので、それは問題ないと思う。
ふたが開いた時は、胃ろうボタンには逆流防止弁がついているので、逆流しないようになっている。しかし、別に風呂に入って水がそこに入ろうが問題はない。ふたが開いていても便が出てくることはないし、逆にそこから何か入っても問題になることはない。
ポートがへそのところについていて、ふたを開けて入れるのだが、ここに接続するチューブがある。チューブの先に注射器を付けて入れる。指先が不自由な人がふたを開閉するのはやはりしにくい場合があって、ふたのところの操作は問題だと思っている。
今、日本で主にしているのは4カ所。去年学会で発表したので、ある程度は広まるだろう。実際には他の病院ではまだ取り組まれていないと思う。今までされていない治療なので、最初のコツとか感じとか、ある程度慣れていないとできない面がある。
手術に関しては2〜3日で退院できる。あとは消毒するだけだから。アメリカは医療費がべらぼうに高いので、2〜3日で退院することが多い。
1週間としているのは、その間に本人や家族の方にトレーニングしていただき、排便の状況を確認して相談するのに、ちょうどいいということでしている。費用に関しては、現時点では1週間いても1カ月いても50万円で同じだ。患者さんが自信がつくまでいてもらうことにしている。
人工肛門は管理がけっこう大変だ。ずっとパウチをあてていて、四六時中便が出てくる状態。管理の面が大変ということと、見栄えの問題もある。逆に、出たかどうか確認しなくていいという安心感は人工肛門の方があるかもしれない。だから、ふだんの生活の中でどちらがいいかということだと思う。
(会場からの意見)私の場合、98年に人工肛門をつくった。人工肛門にしてから、食事などの制限が全くなくなり、精神的な負担がなくなって楽になった。私が個人的に思うには、盲腸ポートをした場合でも、結局は便出しをしなければならず、その時間が平均1時間かかる。人工肛門の場合、つねに出っぱなしの状態だが、出たものを捨てればすみ、装具の交換はあるが、それも1時間もかかるものではないので、そっちの方が楽なのではないかと思う。ただにおいが漏れるとか、括約筋がないのでおならが出る時もがまんができない、お腹からおならが出るとかがあって、そこはデメリットかと思う。
盲腸ポートの場合、慣れてくると、1時間トイレにずっと閉じこもりきりではなく、ある程度、様子を見てその間にほかのことをして、また確認してという感じでされている。慣れてくると、その時の過ごし方はできてくると思う。
たえとば人工肛門にしていてパウチの中に便がいっぱいたまるのが嫌だという人は、盲腸ポートを作って入れる。便が出てしまって、パウチをはずして捨てる。そうしたらその後、1日はまず出る心配はない。そういうメリットはあると思う。
人工肛門と盲腸ポートの併用は、これから考えていってもいい方法だ。洗腸してもなかなかうまくいかないので、定期的に便を出してしまう意味で、人工肛門をつくっている方に盲腸ポートをつくって、決まった時間に排便をして、後はないようにするというのは、これからしてもいいと考えている。
人工肛門は、パウチも合わせるとけっこう面積をとる。盲腸ポートはチューブを入れる孔だけなので孔の大きさは1センチ以下、ポートの大きさは3センチぐらい。上にちょっとガーゼをあてるとしても、面積としては小さい。両方いっしょにつくることは全然問題ない。
何らかの原因で粘液がつきやすい人はいるようだ。高槻病院ではそこまでただれた例はないが、他の病院でされた人で聞いたことはある。
基本的にそこを清潔にすることが大事だ。粘液が多くなるとどうしもただれやすくなる。粘液が多くなる原因を確かめることと、あとは皮膚の保護剤とテープの材質。最近はかなり粘着力があってかぶれにくいテープがいろいろ出ているから、工夫していったらいいと思う。
学会では出しているし、地域の勉強会などでも話している。ただ新しい手術ということで始めたので、逆に誰でもしてもらうと、うまくいかなかった時に、この手術は全然だめだと言われると困る。だから、今の時点ではあまり積極的にやってくださいという感じでは話していない。適応する患者さんがいたら紹介してくださいという形で話している。
手技自体はそんなに難しいものではないが、いろんな細かいことや後のフォローなど、そういうことも含めてトラブルになると、せっかくの治療がうまくいかないことになるので少し慎重に考えている。
進んでいる。新しい医療器具をつくるのは、ある程度安全性も見てということなので、なかなか簡単にはいかない。いろいろと新しいデザインは工夫されている。今の器具の問題点はいくつかあって、長さのことや太さのことやふたのことなど、その辺を考えて新しいものを考えているところだ。