頸損だより2005春(No.93)

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「僕はココにいる」


僕は事故で首の骨を折った瞬間から呼吸ができなくなったんで、すぐに「死」の1文字が頭をよぎりました。おそらく多くの人がこれまでの人生の中で一度や二度、「このまま自分は死んでしまうかもしれない」と感じたことがあると思いますが、もし自分が死んでこの世からいなくなったとしたらどうなるんだろう…。映画「死ぬまでにしたい10のこと」は卵巣の腫瘍で余命2ヶ月と宣告された23歳の女性が考えた「死ぬまでにしたい10のこと」をひとつずつ実行しながら、限られた残り少ない時間を過ごす人間ドラマなんですが、いろいろと考えさせられることが多くて、ズッシリとした重たい何かが心の奥からこみ上げてきました。

17歳で初めてキスした男性と結婚して娘が生まれ、19歳で次女を出産。現在は失業中の夫と母の実家の裏庭にあるトレーラーハウスでの生活。「私」は貧しいけれど幸せな日々…なんだろうか。主人公のアンは心のどこかでつねに「私の人生はこれでいいのか?」という後悔にも似た疑問を抱いてます。他人から見ると彼女の人生は夫と出会った瞬間から決まった、人生のレールの上を何事もなく平穏に歩み、子育てと深夜のバイトに追われながら、ただただ毎日時間だけが過ぎていってるように見えるし、彼女自身もそんな平凡な自分の人生をちょっとつまらなく感じてそうに思えます。自分の人生の主役は自分だから、他人がとやかく言うことではないけど、それは分かっていても、僕自身はドラマティックな人生でなくてもいいから、時間の流れに身を任せるようにして生きることには精一杯抵抗していきたい。

人は「死」を意識した瞬間から「生」をリアルに感じるようになるもんですが、余命幾ばくもないアンは寒さに体が震え、土砂降りの雨がシャツに染み込むのを肌で感じ、ぬかるむ大地を足の裏で感じながら「自分は生きてる」と実感するんですね。痛みを感じることだって生きてる証し。でも、そのことを知った瞬間から人は「死」に向かっていくんだから人生は儚いもんです。余命を宣告された彼女は「死」と真剣に向き合うことを余儀なくされますが、その瞬間から世界は何も変わらないけど、自分の生き方、人生観は大きく変わりました。残された時間が僅かだからこそ感じる「生」の愛おしさから、生きる喜びを感じ、生き生きと充実した生活を送るようになったし、それは彼女の「ずっと夢を見ていて、やっと目を覚ました感じ」というモノローグにも現れてます。これまでは毎日を生きることに必死だったから気付かなかったけど、今は「生きてる」っていう実感が日々の生活の中にあふれてる…。ただ、ちょっと悲しいのは自分が死んでいなくなっても世界は、日常は何も変わらないということ。もしこの世から自分がいなくなっても二人の娘、自分を愛してくれた夫、生んでくれた母親の日常は変わりなく続いていくわけですが、そこに自分はいない…。「世界中の麻薬を試したい気分」という想いは死に直面した彼女の悲観的な本音かもしれませんが、でも、心ではしっかりと現実を受け止めてます。それまでの彼女の人生はまるで止まっていたかのようだったけど、皮肉にも「死の宣告」から再び動き出した彼女の人生は瑞々しく生き返って、イキイキと過ごす彼女からは残り少ない人生の時間を悔いなく生きる覚悟が感じられます。

そして、自分が死んでしまっても日常は続いていく…。「娘たちの気に入る新しいママを見つける」ということを最後に実行した彼女がカーテン越しに眺めるのはいつもと同じようでいて、それは「自分のいない家族の風景」。うーん、彼女はその光景をどんな想いで見ていたんだろうか…。僕は見ていて胸が詰まる思いでした。原題の「My life without me」=「私のいない私の人生」はあまりにもツラいから考えたくないことですが、死に直面したらイヤでも向き合わなくてはなりません。だからこそ、今、生きてることに感謝し、この瞬間瞬間の「生」を大事にしていきたいと思わされる作品でした。そう、僕はここにいる=生きてるんだ。僕の人生はまだまだ続いていくんだ。これからは生きる喜びを感じながら日々の生活を送っていきたい。苦しみも悲しみも生きていればこそ感じられるんだから…。


<ストーリー>

失業中の夫と二人の娘と実家の裏庭にあるトレーラーハウスで暮らす23歳のアン(サラ・ポーリー)はある日、体調を崩して病院で診察してもらったところ、卵巣に出来た腫瘍がすでに体中に転移していて、余命2、3ヶ月と宣告されてしまった。彼女は家族が悲しまないように病気のことを誰にも打ち明けず、ノートに「娘たちに毎日愛してると言う」「爪とヘアスタイルを変える」「夫以外の男性と付き合ってみる」など、自分が「死ぬまでにしておきたいこと」のリストを綴った。そして、残された時間でその項目をひとつずつ実行に移していくが…。(ビデオレンタル中)


「死ぬまでにしたい10のこと」(’02スペイン)
原題:「My life without me」(=「私のいない私の人生」)
製作:ペドロ・アルモドバル(「オール・アバウト・マイ・マザー」監督)
監督:イザベル・コヘット(「あなたに言えなかったこと」)
出演:サラ・ポーリー、マーク・ラファロほか

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赤尾"映画中毒"広明

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