普段、何気なく持っている身体障害者手帳。そこに書かれた自分の障害名は、あまり気にしていないかもしれない。それも当然であろう。手帳の交付を受けた時は、自分の障害を受け止めるのに精一杯で手帳に記述されている障害名の詳細な意味や、利用できる福祉制度、サービスのこと等わからないことだらけ、の状況にあるからである。
しかし、障害があって社会生活を送る場合、実に手帳が必要になる場面が多い。いざ福祉制度・サービスを利用するときになって、自分の手帳に記載された障害名・障害内容では必要とする制度やサービスが利用できないこともある。例えば、座位保持機能のある車椅子に乗りたいと思っても、手帳に書かれてある障害内容によっては、制度を利用した座位保持機能が車椅子に付けられない、ということもある。
今特集では、手帳の障害名を改訂し再交付を受けることによって、必要とする福祉制度・サービスが利用できるようになった事例をいくつか報告します。ただし、それぞれの市町村によって制度が異なったり、行政の窓口担当者によっても対応の異なる場合があることを前提に事例報告しています。
あなたの手帳の障害名欄には何と書かれていますか? 手帳の障害名と利用できるサービスについて、一緒に考えてみましょう。
まず始めに、障害者手帳についておさらいしてみましょう。
障害者手帳の種類は?
障害の内容により、
の3種類があります。
身体障害者手帳ってどんな人が対象になるの?
身体障害者手帳は、身体障害者福祉法に基づいて交付されるもので、医師(知事の定める指定医)の診断書を添えて、居住地(又は現在地)の知事に交付を申請することができます。(本人が15歳に満たないときは、保護者が本人に代わって申請)
手帳の交付対象となる障害
手帳を持っていると利用できる福祉制度は?
主なものとして次の福祉制度があります。
その他の制度には次のようなものがあり、障害の種別・等級等によって取扱が異なります。
【問い合わせ先】
福祉事務所・市町村役場[身体障害者福祉担当課]
それでは次に、現行の手帳に記載されている障害名では必要とする制度・サービスの利用が出来なかった5名の事例、また障害名を改訂し手帳の再交付を受けた例などを報告します。
福祉制度・サービスを利用するために手帳の障害名を改訂した事例(大阪市)
ケース@ 職場内で介助者をつけるために
改訂前の手帳 → 四肢麻痺 体幹機能障害
改訂後の手帳 → 両上肢の機能を全廃したもの、両下肢の機能を全廃したもの
Y.O氏
僕は現在、介助派遣事業所で仕事をしています。手帳の障害者名を変更した理由は、職場内で介助者をつけるためでした。それは、職場内での介助には支援費制度が使えないためです。そのため、日本障害者雇用促進協会が行っている重度障害者介助等助成金を取得しようと思いました。この制度は障害当事者が働くために必要な介助者を雇い入れるための助成金です。
○助成対象となる障害者
僕は頸損で障害等級1級であり、上述対象条件の@に該当しましたが、変更前は『四肢麻痺』とひとつに書かれていたので取得できませんでした。上記のように『両上肢』『両下肢』と別々に記載されてないといけませんでした。というわけで、手帳の障害名を変更して助成取得し、制度を使って職場内で介助を受けることができるようになりました。
福祉制度・サービスを利用するために手帳の障害名を改訂した事例(大阪市)
ケースA 電動車いすの座位保持装置を付けるために
改訂前の手帳 → 両上肢機能障害(2級)、両下肢機能障害(2級) 等級1級
改訂後の手帳 → 両上肢機能障害(2級)、体幹機能障害による座位不能(1級) 等級1級
Y.M氏
私の障害者手帳は当初上肢2級、下肢2級であわせて1級となっていました。受傷後まもなくの診断書による判定の為このような記載になったと思われます。(内容に関わらずどちらにせよ1級には違いないという判断もあったのでしょう)ところが電動車いすを作るときに、座位保持装置(背もたれをより安定性の高いものに交換し座位を保ちやすくするための改造)を施すには上肢2級、下肢2級では補助が出ないということで、上肢2級、下肢1級に体幹機能障害も加えたかたちで手帳を書き換えていただきました。(本来は上肢も1級かと思いますが^_^;)
このように、同じ1級の障害者手帳であっても利用できる制度に違いがあります。制度を利用する場合、自分の障害の程度と手帳に記載されている文言が一致しているのかを確認する必要があるでしょう。行政は暗黙に信頼性が高いと考えられがちですが、間違いや怠慢も度々見受けられますし、なおかつ不親切であることは否めない事実です。申請主義といわれるこの国の行政は、どのような制度がありそれが誰にとってのものであるのかを、市民自らが問い合わせ申請しなければならないようになっています。決して向こうから気を利かせてこんな制度が利用できますよと個別に教えてくれることはありませんし、ましてや手帳の内容があなたの体の状況と食い違っているので直しましょうかなどとは言ってくれません。自分に与えられた権利は自分自身で守らなくてはならないのです。
福祉制度・サービスを利用するために手帳の障害名を改訂した事例(大阪府吹田市)
ケースB パソコン入力補助装置の助成を受けるために
改訂前の手帳 → 体幹機能障害(座位不能)(1級)
改訂後の手帳 → 体幹機能障害(座位不能)(1級) 、両上肢機能全廃(1級)
H.A氏
僕の場合、頭の動きだけでパソコンの操作が出来る「トラッカーワン」という入力補助装置を購入するために、大阪府の「バリアフリー助成制度」を利用しようとしたところ、府の担当者に「この制度は身体障害者手帳に“上肢機能障害(1級)”の記載がないと利用できない」と言われたんですね。そこで、改めて自分の手帳を見てみると、“体幹機能障害(1級)”という記載しかなかったんですが、でも、頸損レベルはC4だから手足はまったく動かないし、状態は受傷当時から何も変わってないんで、担当者に「体幹機能障害だけでは無理ですか?」と詰め寄ったんですが、「体幹機能障害=上肢機能障害とはならない」ということで、この制度を利用するには手帳を再交付するしかありませんでした。仕方がないから「四肢麻痺」という医師の診断書を添えて大阪府に手帳再交付の申請手続きをして、約2ヵ月後に新たな手帳が届きました。その後、今度は「バリアフリー助成」の申請をして、約2ヵ月後に交付が決定。10万円の助成+自己負担で入力補助装置を購入することができました。僕はてっきり「体幹機能障害」があればすべてOKだと思ってましたが、上肢、下肢の機能障害は体幹とはまったく別扱いなんですよね。診断書には「体幹」「上肢」「下肢」「四肢」という4つのチェックボックスがあって、四肢麻痺の僕は本来どのボックスにも該当しますが、それを判断するのは医師。最初に身障者手帳を申請したときに医師がどのような診断書を書くかによって、その後、利用できないサービスがあるかもしれないから、みなさんも今一度手帳を確認してみてください。
それにしても手帳の再交付でひとつ残念だったのは証明写真も新たに撮り直さなければいけないことでした。頸損歴19年の僕の証明写真は高校生だったのに、再交付された手帳には35歳の僕が…。歳を取ったもんだ(失笑)。
福祉制度・サービスを利用するために手帳の障害名を改訂した事例(兵庫県)
ケースC 全身性障害者ガイドヘルパー制度を利用するために
改訂前の手帳 → 脊髄損傷による両下肢の機能全廃
改訂後の手帳 → 脊髄損傷による両下肢の機能全廃、体幹機能障害により座位保持困難
「K氏の場合」 S.S氏
K氏は兵庫県のZ市に住む地方公務員です。胸髓5・6番損傷で両下肢麻痺で、日常的には手動車いすを利用しています。
K氏の当初の身体障害者手帳に記載された「障害」は『脊髄損傷による両下肢の機能全廃』で、等級は2級でした。
K氏は年齢が進み、両手が腱鞘炎になり手動車いすの操作がこんなんになったため、福祉事務所に電動車いすの支給を申請しました。ところが福祉事務所は、身体障害者手帳の表記が全身性障害者にあたらないことを理由に窓口で申請を却下した上に、「両手が動くやんか」という言葉まで浴びせかけました。
数年が経ち、K氏は全身性障害者ガイドヘルパーの利用を申請しました。福祉事務所は、「身体障害者手帳」に「体幹機能障害」の記述がないから全身性障害とはいえない、という前回とは違った見解を出してきました。そこでK氏は、「判定医が『体幹機能障害』を追記すれば、全身性障害になるんですね」と尋ねると、「手帳に障害名が並記されることはない」と突っぱねる始末でした。このとき私に問い合わせがありましたが、別添の私の身体障害者手帳からわかるように障害名に並記は当たり前になされています。そこでK氏は福祉事務所に赴き、職員を糾し、その場で兵庫県に電話をさせて、職員の間違いを訂正させました。後日K氏は身体障害者手帳の訂正、再交付を受け、めでたくガイドヘルパーの利用が可能になりました。K氏の現在の表記は『脊髄損傷による両下肢の機能全廃・体幹機能障害により座位保持困難』が並記されていますが、等級は2級です。
福祉制度・サービスを利用するために手帳の障害名を改訂した事例(兵庫県加東郡)
ケースD 日常生活用具としてパソコンの給付を受けるために
手帳の改訂せず 結果として制度も受けていない
「四肢麻痺 体幹の機能障害により坐位不能」ではダメ? 「上肢機能障害」の記述が必要?
H.M氏
私が障害者手帳の交付を受けたのは約12年前のことです。実はそれ以来更新はしておらず現在に至っています。現在の障害者手帳の障害名「四肢麻痺 体幹の機能障害により坐位不能」第1種1級と書かれています。
私が住んでいるのは兵庫県加東郡社町という小さな片田舎です。電動車いす等の補装具関連は、いつも再交付の時期に申請して問題なく交付されるのですが、日常生活用具の給付となるといつも役所の担当者と押し問答になります。いつだったか、パーソナルコンピューターが日常生活用具の給付対象になったと知り、いち早く役所に出向いて障害福祉課の担当者に詳細を聞いたところ、「宮野さんは給付の対象外ですね。」とあっさり言い切られました。担当者の言うことには、パソコンの給付要件として手帳に「上肢障害」と書いていないとダメとのこと。多分、給付要件の「障害及び程度」に「上肢障害2級以上又は言語、上肢複合障害2級以上(文字を書くことが困難な者に限る。)」となっていることを受けてのことだと思いますが、あまりの無知さとあっけらかんとしているその態度に、開いた口がふさがりませんでした。私の手帳に書いてある「四肢麻痺」とは「上肢障害」のことではないのかい?上肢・下肢の障害を称して四肢麻痺となっているはずなのに、こんな基本的なこともわかっていないのかと思うと情けない気持ちで一杯になりました。挙げ句の果てには「手帳を更新されたらどうですか?」と言い出す始末。「本当に役所ってところは…」と共感をいただける方も多いことと思います。それでも結局のところ、私達の生活には欠かせない必要なサービスであり、まだまだサービスを知らない人が多いわけですから、これからも交渉して使えるサービスにしていくのが我々の責務ではないのでしょうか。
そもそも身体障害者手帳(以下、「手帳」と略す)の根拠になっている法律は、「身体障害者福祉法」(以下、「福祉法」と略す)です。そして、「福祉法」第4条(身体障害者)には「この法律において、「身体障害者」とは、別表に掲げる身体上の障害がある18歳以上の者であつて、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたものをいう。」と記述されています。障害者基本法や障害者プランに障害者の定義が書かれていないことから、この部分が唯一日本の障害者を法的に定義している部分ということになります。つまり、日本において身体障害者と認められるためには「手帳」を所持していなければならないということになります。しかも、その根拠となる障害は、その人が置かれている立場や状況を示しているのではなく、列挙されている障害名に該当するかどうかという、実に想像力のない理由によっています。新しい疾病や障害が発見されたら、いちいち法律を改正して障害名を付け加えなければならないのです。難病や狭間の障害によってサービスが受けられない人がいつまで経ってもなくならないのは、「福祉法」に不備があるからといっても過言ではありません。
また、「福祉法」第15条(身体障害者手帳)によると「地方社会福祉審議会」によって指定された「医師が、その身体に障害のある者に診断書を交付するときは、その者の障害が別表に掲げる障害に該当するか否かについて意見書をつけなければならない。」、「都道府県知事は、第1項の申請に基いて審査し、その障害が別表に掲げるものに該当すると認めたときは、申請者に身体障害者手帳を交付しなければならない。」と記述されています。この過程において、本人が自分の生活状況を伝える場は与えられていません。このような本人不在のプロセスが本人の状況を正しく表さない「手帳」を生み出す温床になっているといえます。さらに、ここで言うところの指定医はその障害の専門家である必要はなく、その意見書に間違いがあっても責任を問われたり、指定を取り消されるようなことは、和歌山カレー事件を除いて聞いたことがありません。
このような「福祉法」に基づいてサービスを受けようとしても、何が障害なのかということと誰が責任を取るのかということが明確にされていない現状では、いつまで経っても同じトラブルが繰り返されるのではないでしょうか。