頸損だより2006春(No.97) 2006年5月5日発送
特集
快適な車いす生活を手に入れて人生の可能性を広げよう!
シーティングのすすめ
車いすに乗っていると、疲れる。呼吸が苦しくなる。身体がずれてしまう。褥瘡が心配で、長時間座っていられない…。こんな悩みは多くの人が抱えていると思います。
これらはみんな、頸損だったらしかたがないこと? いや、あきらめるのは早い。もしかしたら、あなたの座っている姿勢に問題があるのかもしれません。
車いすに座る姿勢を正しく調整して、快適な乗り心地を実現するのが「シーティング」と呼ばれる技術。欧米では何十年も前から常識になっている技術で、日本でも最近、普及が広がってきました。シーティングを取り入れれば、褥瘡などのさまざまな二次障害が改善でき、私たちの生活の幅が大きく広がる可能性があります。
大阪頸損連では昨年12月11日、「もっと知りたい!シーティングについて」をテーマに勉強会を開催。たくさんの会員が参加し、この新しい技術を学びました。みなさんに幅広く知っていただきたい情報として、この「頸損だより」でも、今回と次回の2回に分けて、シーティングについて特集でお伝えしていきます。
シーティングってどういうもの?
シーティングスペシャリスト 山崎泰広さんに教えてもらおう
シーティングを日本に初めて紹介したのが、頸損連の冬の勉強会で講師を務めていただいた、(株)アクセスインターナショナル。「クイッキー」車いすなど、アメリカの障害者関連機器の輸入販売をしている会社です。代表取締役の山崎泰広さん(自ら脊損の障害当事者で、車いすユーザーです)は、私たちにこんなメッセージを送ってくれました。
褥瘡・変形・拘縮・脱臼などの二次障害は障害を負ったことによる運命ではありません。しかし日本では殆どの障害者が二次障害を諦めています。しかし欧米では二次障害は防止できると考えられています。
二次障害の原因は第一が「姿勢」、第二が「酷使」、第三が「体重」だと言われています。特に悪い姿勢は、褥瘡・変形・拘縮・脱臼はもちろん、排尿・排便にも影響し、呼吸器系、循環器系の問題も引き起こします。
特に頸損の方のように麻痺している部分が多い場合、身体が発信しているSOSが分からないことがあり、問題を自覚してからでは遅すぎることもあるのです。ぜひ積極的に姿勢を直して二次障害を防止してください。
山崎さんは十数年前、何度手術しても褥瘡が再発し、絶望したことがあったそうです。そんなとき、アメリカでシーティングを紹介され、処方を受けたところ、すっかり良くなり、再発することもなくなりました。そこで、自分が救われたシーティングを日本に伝えたいと、アメリカで専門家のトレーニングを受けて技術を取得。日本初のシーティングスペシャリストとして、これまで13年間普及に取り組んできました。
シーティングとは、いったいどういうものなのか? 山崎さんの許可をいただき、これまで執筆された文章から抜粋して、基礎知識をまとめてみました。
<引用資料>
(1)Yamazaki Yasuhiro's HomePage
http://www.markyamazaki.com/index.html
(2)株式会社アクセスインターナショナル ホームページ
http://www.accessint.co.jp/
(3)ユニバーサルネットコミュニティ ゆうゆうゆう
インタビュー「二次障害は運命じゃない―シーティング(座位保持)が大切」
http://www.u-x3.jp/modules/xfsection/print.php?articleid=72
※掲載した文章は、引用資料の元の文章に、山崎さんの手で加筆・訂正していただいたものです。
■姿勢を改善することで、さまざまな症状を解決する技術
そもそも、シーティングって何なのでしょう?
簡単に言うと、車椅子上で正しい姿勢をとるための技術のことです。欧米では20年以上の歴史のある技術で、PTやOTには、シーティングを専門とするシーティングスペシャリストと呼ばれる人達やシーティングについて評価し、処方する、シーティング・クリニックも多くの病院やリハビリセンターで行われています。(1)
ところが、これまで日本では「車いすに身体を合わせる」という考え方が支配的で、「身体に車いすを合わせる」という発想がほとんどなかった。自分に合っていない車いすに乗っている人がまだ多く、それで問題が起こっています。また、自分の快適性や使い易さだけを追求した車椅子を作ってしまう人も多く、その結果として体が変形したり褥瘡を繰り返しています。
(車いすが身体に合っていないと)結果として、ずり落ちや傾きなどの悪い姿勢をとることになり、痛み、褥瘡、変形、拘縮、脱臼などが生じてしまうのです。車椅子上の姿勢の悪さによって生じる問題は、この他にもたくさんあります。(中略)
多くの問題に対して、個別に解決しようとする努力は、様々な形であったのですが、問題の根本である「姿勢」自体の改善がされなかったため、根本的な問題の解決は難しく、症状が再発することもありました。
シーティングでは、座位姿勢の基本となる骨盤の傾きを改善することで、姿勢を改善し、問題の根本を解決することで、症状を解決するための技術です。(1)
■最終的な目標は、機能性の向上。自立した快適な生活
車いす上の姿勢を改善することで症状を解決する技術、シーティング。どんな症状に効果があるのでしょうか?
車椅子に座っていて、こんなことを感じたことはありませんか?
- 体が前に倒れてしまう。
- いつもずり落ちた姿勢で座ってしまう。
- 体が片側に倒れやすい。(側彎の傾向)
- 長時間座っているとお尻・背中・首・肩が痛い。
- 長時間車椅子に乗っていられない。(離床時間が短い)
- いつも同じ場所に褥瘡・傷・発赤が生じる。
- 背中が丸くなっている(猫背・円背)
- 深呼吸ができない。(呼吸がつらい。ぜいぜい言う。)
- 食べたり、飲み込むことがつらい。むせる。痰が絡む。
- 足が左右に倒れる、足台から落ちる。(ベルトで留めている)
- 強い痙性や高緊張、不随意運動で悩んでいる。
- 車椅子の操作や手を使うことが難しい
適切なシーティングによって、このような問題を解決することが可能です。(2)
頸損だったら、毎日の生活の中で思い当たる、これらの症状。それはけっして避けられない運命ではなく、シーティングで姿勢を正せば、改善するかもしれないのです。
そしてシーティングの効用は、単に症状の解決だけではありません。
シーティングの最終的な目標は機能性の向上にあります。車椅子で快適に過ごせる時間を延ばし、自分でできることを増やし、自立した快適な生活ができるようにする。そのために不可欠な技術がシーティングです。車椅子で過ごせる時間が増えれば介護軽減も可能です。(1)
■車いすは「生活の場」。一日中快適に過ごせなければダメ
車いす生活を、いかにもっと快適に変えられるか? 真剣に考えてみるべきといえるでしょう。シーティングの発想は、車いすを「移動の道具」ではなく、「生活の場」としてとらえるところから来ています。
「車いす」って、「いす」という言葉がついていますよね。ところが、一般の人が使う「いす」には、布やビニールで座面と背面ができているものってほとんどないんですよ。車いすの座面や背面が布だと、ハンモックのように快適だというイメージがあるのですが、実は全然違うんです。たとえば、事務機器用の高級ないすというのはすべての素材が硬くて、自分の骨盤の形に沿ったような形状になっています。必要なら、その上にパッドがのっているんです。安定性からいうと、布やビニールのものはダメだということです。
昔は、座位保持装置は、座位を保持するいすだったんです。だから、座位の保持や安定性、快適性を得たいときにはそのいすに座り、移動のときには車いすを使っていました。「じゃあ、車いすって何なの?」ってことになりますよね。車いすは、もともと移動の道具だといわれていました。私はよく「車いすは動けなくなったあなたの足の代わりです」と言うんです。それだったら、自分が車いすを使用しているときに、立っているのか、座っているのか、どちらかな?と考えるんです。立っているだけなら、動き回れる機能性重視でいいですよね。でも、座っているんだったら、仕事もするので快適性や安定性が欲しいわけですよ。そこからシーティングの考え方が始まったんです。いま、欧米では、車いすは使用する方の「生活の場」だと言われるようになっています。だから、機能性を発揮できることに加えて安定性も快適性も必要であり、一日中快適に過ごせなければダメだと言われています。
私は、車いすを使用する方に、「夜、家に帰ったら、車いすから降りたいと思いますか?」と聞きます。(中略)
降りたいと言う方は、自分の体に車いすが合っていないことで痛みや疲れが出ているということなんです。私は、まったく降りたくありません。映画を観に行っても、映画館のいすよりも車いすの方が良いんです。なぜかと言うと、私には側彎症(そくわんしょう)があるので、背中の片側が少し隆起しています。いすの背面が布だと、体の変形のとおりになっているのですが、変形が進んでしまいます。映画館のいすのように硬いと背中の片側だけが痛くなるんです。でも、シーティングを加味した背もたれは、個人の状態に合わせられるので、一番快適な状態を維持し続けられるんです。クッションも、片側に倒れないようにバランスを変えているんですよ。だから長時間座っていてもまったく痛みもなく疲れないのです。(3)
■ポイントは、安定性の提供、快適性の提供、褥瘡の予防
それでは、シーティングはどんなところにポイントを置いて行うのか、具体的に見てみます。
成人の場合のシーティングの基本的な目標として、山崎さんは「安定性の提供」「快適性の提供」「褥瘡の予防」の3つを挙げています。
1.安定性の提供
座位での安定性と正しい姿勢に最も影響するのは、骨盤の傾きです。骨盤を正しい傾きで安定させる事が座位の安定と機能性の向上につながります。車椅子上での骨盤の傾きによって、骨盤よりも下の脚の姿勢が影響を受けると共に、骨盤よりも上の部分(上体や頭)の姿勢も影響を受けます。骨盤を正しい傾きに保持する事で、安定していながら快適性も得られ、変形、褥創、そして拘縮や脱臼の発生を予防、または悪化を防止することができます。
骨盤の安定
健常者は正常な筋肉によって身体を保持することが可能ですが、身体障害者の場合、身体の内側の筋肉に問題(麻痺や弱さ)があるので、筋肉に代わって身体の外側から身体の保持を(サポート)する必要があります。
頸随損傷をはじめとする重度の身体障害者の場合、正しい骨盤の傾きで座るのは無理だ、たとえ座れても、垂直に近い姿勢では、正しい姿勢は得られても機能性が低下してしまうと、考えられていました。そこで、仙骨座りとか頸損座りと呼ばれる、骨盤を後傾させて左右の坐骨と尾骨で支える姿勢で座り、正しい姿勢は諦めて、自立のために機能性を追求していた(させていた)のです。しかし、それはシーティングが存在していなかった時代の話。車椅子の座布や背布と呼ばれる柔らかいシート部分では、充分な骨盤の保持を行うことができなかった結果の苦肉の策だったのです。シーティング技術や機器が発達した現在では、機能性のために良い姿勢を諦める必要はなく、両方を得ることが出来るのです。
障害やニーズに応じたクッションとバック・サポートを評価し、高さや角度等を設定して骨盤の保持を行い、正しい姿勢での安定性の提供を行うのが、シーティングの第一の目的です。骨盤を正しい状態で保持する事で、変形、褥創、拘縮や脱臼の発生や悪化、そして様々な問題の発生を防止し、機能性を向上することが可能です。(1)
2.快適性の提供
健常者の場合、座っていて不快になれば、姿勢を変えて不快感から逃げることができます。しかし、車椅子使用者の場合、不快になっても自分で姿勢を変えらない人が多く、車椅子に乗ることが苦痛になってしまうケースがよくあります。
快適性とは座り心地の良さであり、座っていて不快感を感じるまでの時間や離床時間が快適性の目安となります。機能的な行動をするために充分な時間、快適性を提供できる車椅子が必要になり、車椅子に加えて、クッションやバックサポートについて正しく評価し、処方する必要があります。(1)
3.褥瘡の予防
座っていて、痛みを感じることができれば、姿勢を変えて痛みから逃げることができます。その状態が続けば、車椅子に乗ることが苦痛になり、寝たきりになる人もたくさんいます。しかし、痛みを感じることができなければ、姿勢を変えたり、車椅子から降りることをしないため、褥瘡が生じてしまうことが多々あります。特に頸髄損傷者は麻痺している部分が多いので自覚症状がなく、重大な問題に発展してしまうことも多々あります。長時間座っていても痛みが生じないように、車椅子を設定し、クッションやバックサポートを処方することが必要です。
褥瘡予防クッションに必要なのは、座圧の分散と座圧の均一化です。圧を受けても褥瘡にならない腿や大転子の下を高くして、圧を受け止めます。反対に坐骨と尾骨の下は低くし、高い圧がかかるのを防止します。坐骨と大腿骨の位置は成人で4cmの差があることに注目してください。また、骨盤を正しい傾きで保持すると、尾骨が座面から浮くことにも注目してください。褥瘡予防のためにも、正しい骨盤の傾きは必要なのです。
次に、できる限り反発力のない素材を使用して、坐骨や尾骨等の骨張った部分を保護します。反発力が大きければ大きいほど、骨張った部分の先端に高い圧がかかり、褥瘡の原因になります。低反発クッションを使用する場合は、様々なレベルの反発力があるので、使用者のニーズに合わせます。J2クッション等に使用されている流動体や空気圧を適切に調節したロホ・クッションでは、反発力のない状態を提供することが可能です。
骨盤に片側への傾きがある場合には、可動性の有無を調べ、可能であれば、骨盤を水平に戻します。いくら優れた褥瘡予防クッションを使用しても、座り方が悪ければ、最大限の効果を得ることができないばかりか、褥瘡を発生させてしまうことさえあります。そのために、シーティング用の角度調節式の硬い背もたれを使用して、骨盤と背面に、しっかりとした保持を提供します。
褥瘡は一度なると再発しやすくなります。現在の福祉制度では、予防のために褥瘡予防クッションは給付されません。しかし、予防が一番なことに変わりはありません。また、褥瘡が生じたら、早い時期に対応する。治ったら再発させないことを目的にシーティングを活用してください。座り方が悪ければ、褥瘡は何度でも再発します。
仰向けで寝ている時は、仙骨・肩甲骨、胸椎、踵、肘、後頭部などの骨張った部分に褥瘡の生じる危険性が高まります。横向きで寝ると大転子、腰骨、脛の外側、踝などに褥瘡の危険性が高まります。しかし車いす上で正しい座位がとれれば、左右の坐骨以外の骨はすべて浮かせることができるのです。例えば、仙骨付近の褥瘡は、座位ではなく、就寝時等の姿勢から生じています。仙骨は、正しい座位がとれば浮かせることができ、仙骨や尾骨の褥瘡は、シーティングによる正しい姿勢で治すことが可能です。悪い座り方では車椅子で褥瘡が発生しますが、良い座り方をすれば車いすの方がベッドよりも褥瘡に対して考慮すべき箇所が少ないのです。
背中に隆起や変形、円背などのある方の背骨付近に生じた褥瘡は、ケア・バックやモジュラーバックなどのバックサポートを使用して、全体的にサポートして圧が集中しないように設定すれば防ぐことができます。この時、背面に対するシーティング技術を使用します。(1)
(株)アクセスインターナショナルでは、シーティングについてのセミナーや、相談を受け付けてシーティング評価や処方を行う「シーティング・クリニック」を実施しています。
株式会社アクセスインターナショナル
http://www.accessint.co.jp/
●東京本社
住所:東京都板橋区大和町23-3 福井ビル 〒173-0012
TEL:03-5248-1151(代) FAX:03-5248-1161
E-mail:
nakajima@accessint.co.jp
●大阪支社
住所:大阪府堺市大浜南町1-6-11 〒590-0976
TEL:072-223-1152 FAX:072-223-1154
E-mail:
furutani@accessint.co.jp
対談
私たちのシーティング体験
頸損連絡会で実際にシーティングを導入している人の声を聞いてみることにします。
大阪頸損連の赤尾広明さんと、兵庫頸損連の宮野秀樹さん。2人とも頸損レベルC4で、チンコントロールの電動車いすを駆使し、精力的に活動している行動派です。
シーティングによって生活がどう変わったか? 今後、求められる課題にはどんなものがあるのか? 兵庫県加東郡社町にある宮野さんの自宅で語り合ってもらいました。
司会:鳥屋利治(大阪頸損連絡会事務局長)
赤尾広明さん
大阪頸損連絡会会長。「NPO法人 自立生活センター・FREE」代表。2004年12月から、(株)アクセスインターナショナルの提案で、クイッキーのティルテイング式電動車いすに、ジェイ・シーティングを組み合わせたシーティングを導入。
宮野秀樹さん
兵庫頸損連絡会事務局長。「NPO法人 ライフサポートはりま」理事。2000年8月から、兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所の提案で、イマセンのティルティング式電動車いすに、(株)大阪西川 西川ラボラトリーのピンドットシステムを組み合わせたシーティングを導入。
シーティングを導入した動機
・13年間悩まされた褥瘡への対策に(赤尾)
・生活環境に合った車いすを求めて(宮野)
―まず、そもそもお2人が、どうしてシーティングを取り入れるようになったのか、聞かせてもらえますか。
赤尾/僕は頸損になって4年後に褥瘡ができて、手術していったん治ったんだけど、また再発再発を繰り返して、13年間、褥瘡ができたり治ったりの状態が続いてたんですね。それでも1995年に治ってからは、車いすに座る時間もかなり少なめにして再発しないように心がけてたけど、2001年に今の事業所のスタッフになって長時間座る機会が増え、また再発して。病院に行くとまた手術って言われるのが嫌だったんで、在宅治療を3年近く続けたんだけど、完治するまでには至らず、2004年4月ごろ、このまま在宅で治すのは限界で、やっぱり入院してもう一回手術した方がスパッと治る可能性があるって言われて形成外科に入院してみたら、すごくきれいに治ったんです。
ただ、その時に医者に言われたのが、せっかくきれいに治ったことだし、今度再発したらもう手術すらできないかもしれない。「これからは車いすに2時間以上座ってはいけません」ということだった。でも、そんな生活は基本的にあり得ないから、「じゃあ、どうすればいいんですか」って言ったら、「じゃ2時間外に出て、2時間たったらどこかで2時間、横になってください」とか言われて、「どこかで横になるってどこで横になるんですか」って、かなり口論になったんだけど、医者には医者の立場があるから、再発したら自分がしんどい思いをするだけだし、手術も難しいかもしれないと言われたら、もうその意見に従うしかないというところに追い込まれて。
退院してから、この先の人生どうしようかと悲観的になったけど、とりあえずしばらく家でおとなしくしてたら、少しは改善するだろうということで、3か月ぐらいは何もせず、車いすに全く座らない生活を続けてたんだけど、やっぱりこの先ずっと続けていくのはきついなと思って、僕が使っているクイッキーの車いすを販売している(株)アクセスインターナショナルに相談してみたところ、シーティングを提案されたんです。
宮野/僕の場合は、最初に乗っていたのがリクライニング式の電動車いすで、第4番頸髄損傷であれば、リクライニングでないとだめだと思ってたんですね。その車いすで8年近く生活してましたが、車いす自体の規格がデカいから、生活環境は車いすに合わせなきゃいけない。机も高さを上げなきゃいけないし、洗面台などもそう。あと、乗る車も選ぶことができない。相当デカい車でしか、車いすを起こした状態では乗れなかった。
そんな中でロホクッションを敷いて乗ってたワケですけど、とりあえず姿勢が気になっていた。ずっと座位が安定しない。背中がズレる。だから横にズレてしまうということが起こる。それは元に戻らないから、いったん倒れてしまうと、誰かに直してもらうまで待たなきゃいけない。生活の中で、やはり危機感も覚えるわけですね。誰もいない時にそうなったらどうしようと。もうひとつ、嫌いだったのがシートベルト。お腹にシートベルトをするのがどうも苦しくて、気に入らなかった。
こういう問題をどうにかできないかと考えてて、それを何とか打破したいというのが最初の思いで。それを、福祉のまちづくり工学研究所(兵庫県立総合リハビリテーションセンター内。すべての人々に優しい福祉のまちづくりの実現のために、具体的・実践的な提案をするために設置された研究所。義肢装具や福祉機器の開発普及をはじめ、住宅の改造、安全対策、道路環境、交通手段、街角情報の提供システムなど、さまざまな福祉の生活空間の創造に取り組んでいる。)に相談してみた。
そこで持ちかけたのが、常識と思われるものを思いきって変えてみようと。座位を安定して、長時間乗ること。それまで常識として考えられてたのは、車いすに何時間か乗ったら、一度ベッドに上がって除圧をする。四肢麻痺はそれがあたりまえみたいな考え方があったけど、それを覆そうと。車いすに何時間乗ろうが、車いす上でも休憩できる。除圧だってできる。いくら乗ったって疲れないよと。
もうひとつ、狙ったのが、車いすをコンパクトにすること。レストランなどに行っても、テーブルの高さが合うように。生活の中でも、車いすに合わせて特注して机を作るのでなく、市販の机でも使えるように。あと僕の中でいちばん大きかったのが、乗用車です。市販で売っている車に、ほとんど改造せずに乗れることが目的でした。そのあたりを解決するために取り入れていこうとなったのが、シーティングだったわけですね。
シーティングの処方
・まず座圧測定で問題点を分析(赤尾)
・補装具の制度を利用して実行(宮野)
―それで具体的に、どうやってシーティングを処方したんですか。
赤尾/メーカーの人が僕の状態を見に来てくれて、その時に圧力分布測定機(Xセンサー。車椅子シート、バックレスト、マットレストとの間に生じる圧を測定する装置。かかっている圧の状態を、パソコン画面で赤・オレンジ・黄色・黄緑・水色・青・紺色と色分けして表示する。赤に近づくほど、その部分に圧が強くかかっていることになる。)で座圧測定をしてみたら、右の座骨部分、これまで、そこばかり床ずれができていた場所が見事に真っ赤になって。そのままだと3か月たっても半年たっても1年たっても、座ればまたこの真っ赤な状態なんで、すぐに再発するのは見て明らかだった。
とりあえずこの状態は改善せなあかんということで、メーカーの人が電動車いすやクッションを持ってきてたので、そっちの車いすに座って測ってみたら、真っ赤だった部分が見事にブルーになって。この状態であれば、少々長い時間座ってても、いちおう褥瘡は大丈夫でしょうと言われたので、一目瞭然だった座圧測定の結果を信じて今の車いすに買い換えました。
僕は姿勢にいちばんの問題があったので、まず姿勢を改善することで大きく変わった。その次にクッションを変えた。現状で褥瘡を最小限に抑えられるクッションを取り入れました。座圧測定の結果、右の座骨の状態が悪かったので、クッションの中に流動体を入れるなどして、そこにかかる負担が少なくなるように微調整をした。それによって車いす上の姿勢も良くなり、おしり全体にかかる負担も少なくなった。第三にティルティングですよね。今までは人の手を借りて、医者が言うにはあまり効果がないらしいプッシュアップをずっとしてきたけど、自分でティルトできるようになったので、長時間座る場合は、1〜2時間おきに寝たり起きたりを繰り返す。リクライニングであれば、一度寝てまた起きた時におしりの位置が変わったり、姿勢が微妙に崩れたりするので、その微調整を必ずやらなきゃいけないんだけど、ティルティングは姿勢の変化があまりないから、そんなに必要ない。
宮野/福祉のまちづくり工学研究所に相談して、シーティングにしようという話になって。補装具の制度を利用しようと思えば、僕が住んでいる社町は県の管轄になるから、兵庫県立身体障害者更生相談所で判定を受けなきゃいけない。そこで判定を受けると、交付される機種に制限があって、どうしても外国製品は無理だった。だから国産の車いすで、シーティングは別に「座位保持装置」の交付(1990年から補装具の種目になった)を受けて、合体させて作ろうということになった。そして理想の車いすに仕上げるため、業者ではなく、福祉のまちづくり工学研究所が改造に携わるという話になったんですね。
僕が求める、コンパクトにしたいなどの要望を実現するために、福祉のまちづくり工学研究所が紹介してくれたのがモールドシート、(株)大阪西川 西川ラボラトリーのピンドットシステムでした。おしりの形そのままに型をとるから、座位の安定化が図れるんじゃないかということで。僕の座圧でいちばんいい形を採型装置でかたどってしまって、それをもとに発砲ポリウレタンを成形してクッションを作るんです。おしりの形そっくりそのままにシートがかたどってあって、ガポッと全体を覆っているから、圧が全体に分散されて、どこにも点で集中してかかるところがない。それは背面の部分もそうで、身体の形が背中からおしりのところまで覆ってしまってるので、全体的な圧の分散ができているというシステムです。
シーティングで解決した問題
・褥瘡の心配がほとんどなくなった(赤尾)
・車いすに乗る時間が大幅に増えた(宮野)
―シーティングを取り入れて、気になっていた問題は、どんなふうに解決しました?
赤尾/新しい車いすに替えて、メーカーの人に圧力分布測定機で座圧を測ってもらったら、ブルーに表示されたので、これは「もう大丈夫」と。「あとは姿勢だけ、直角座りを徹底してもらったら、まず大丈夫でしょう」って言われた。それでも最初の数か月は、30分ぐらい座っても再発するんじゃないかという思いがあるし、こわごわで。その後、少しずつ時間を伸ばしていって、以前に自分に課していた6時間〜8時間という制限を超えても何ともなく、変化も全くなかったので、それでようやく大丈夫かなと思えるようになった。
それからは、10時間以上座ってるのがあたりまえになって。褥瘡の部分が赤くなることもほとんどないし、なったとしてもすぐに収まる程度だし。1年後に経過を測ってみても、やはりきれいな状態で、むしろ1年前よりさらに良くなっているぐらいでした。
宮野/僕の場合も、いちばん変わったのは、車いすに乗る時間が1日13〜14時間に増えたこと。朝9時から乗ったら、夜12時ぐらいまで乗りっぱなし。以前は乗る時間は限定されていたし、そうせざるを得なかった。以前の車いすの時は「乗ろう!」と意識しないと乗れなかったのが、シーティングに変えてからは、乗っていることに違和感がなくなって、朝起きたら乗るというのが普通の生活になってきた。13〜14時間といったら長いと思われるかもしれないけど、僕にとってはあたりまえのことで。その生活ができるようになったからこそ、いろんなことを精力的に活動できるようになりました。
それから、上体を前に倒しても倒れることがないので、前屈状態を保てるようになったし、身体が横に倒れる心配もなくなった。突然、痙性が起こったりしても、身体が傾くことはないし、車で移動する時も揺れで傾くことがなくなりましたね。
生活環境で変わったこと
・毎日の生活を心から楽しんでいる(赤尾)
・フットワーク軽くどこにでも行く(宮野)
―そういう問題が解決したことによって、生活環境はどう変わりました?
赤尾/褥瘡を抱えている時期は、つねに褥瘡が心配で不安で、1分1秒でも車いすに座っている時間を短くしたかった。だから当時は頸損連の行事に参加しても、ものすごいハイスピードで帰って、すぐベッドに横になる。で、おしりを見てもらって、血が出てるって一言言われただけで、顔が真っ青になるんですね。「ああ、今日は出かけん方が良かったのかな。今日出かけなかったら、もうちょっと良くなったかもしれないし、治ったかもしれないし…」と考え出すと、もう出かけるのさえしんどくなってくる。
好きな映画を観ている途中でも、必ず褥瘡のことが気になりだす。そうすると、何もかも集中ができない。何をしていても、デートの時でさえも、心から「楽しむ」ということはできませんでした。つねにおしりに気づかってなきゃいけない。そういう生活だったから、とにかく何よりも精神的にしんどかったですね。
シーティングを処方してから何か月かたって、おしりをどれだけ見ても大丈夫、となってきたあたりから、精神的な苦痛からは解放されました。今は外出しても、そんなに気にせずにすんでる。さすがに10時間を超えると若干大丈夫かなという思いはあるけど、まあ大丈夫やろうと安心できる。それはシーティングによって裏付けがあるからこその安心で。13年間苦しんできたので、1日や2日で簡単に解放されるものではないけど、少なくとも、この1年あまりで精神的な部分では大きく変わってるし、出かけることが苦痛でなくなって、体力もどんどんついてきた。以前はがんばっても6時間か8時間ぐらいだったところが、今は10時間超えるのがあたりまえというような感じで。
快適な車椅子生活を手に入れることができて、すべてがいい循環で生活が変わりました。褥瘡の再発防止→疲れなくなった→肩凝りがなくなった→姿勢が改善されたことで食欲が増える→体調を崩さなくなった→集中力UP→長時間座っていても平気になった→何より精神的に楽になったことで毎日が充実して楽しい、という具合に、以前と違って心から楽しむことができるようになりました。それが最も大きな効果ですね。
宮野/大きいのは、NPO法人ライフサポートはりまを姫路市でやるようになったこと。離れた社町にいるから遠隔でやれるかといえばそうじゃなくて、やっぱり行くことは必要で、ここから車で1時間くらいかかるけど、何か緊急の用事があれば行くし、それ以外でも定期的に顔を出すようにしています。ピアカウンセリングの活動でも頻繁に行ってますね。頸損連の活動では、大阪の役員会、兵庫の役員会と事務局会議、それと全国の代表者会議、なにかあれば必ず行く。
車が選べるようになったことがいちばん大きいです。わりとコンパクトな、女性でも抵抗なく運転できるタイプの車に乗れるようになったから、このあたりは公共の交通機関が少ないので車で外出することが多いけど、あたりまえのように乗って、現地で移動できるようになってるから、どこにでも出向いて行ける。
一昨年から昨年は、障害者自立支援法に反対する全国行動に参加するため、東京に10回以上行ってるかな。日帰りが大半で、朝5時半にはここを出て、夜中の12時過ぎに帰ってくる。泊まりになっても問題なく動いている。だから、旅行に行くのが心配なくなったということもありますね。車いすに乗っててしんどくなることが少なくなったから、行くのがあたりまえのような感じで、乗ってどこにでも行ける。
全国各地で持ち回りで開催されるリハビリテーション工学カンファレンス(日本リハビリテーション工学協会主催。障害者のリハビリテーションを支援する機器や技術について、工学・医学・福祉・教育・行政などさまざまな分野の参加者がリラックスした雰囲気で討論することを目的に、毎年1回開催されている。今年は8月24日〜26日、神戸学院大学で開催)にも、北海道であろうが、徳島であろうが、岡山であろうが、岐阜であろうが、金沢であろうが、すべてに顔を出してきました。昨年は頸損連の全国総会「兵庫大会」に韓国の頸損者を迎える準備のために、韓国にも行ってきたし。つねにフットワークを軽くして、呼ばれたらすぐに行くというスタンスになったかな。
赤尾/車いすに座る回数が増えるのと同時に、僕もいろんな活動が増えてきています。頸損連の会長としての月1回の行事、月1回の役員会への参加。それから「障害者自立支援法を考える大阪のつどい」の実行委員会が月に1〜2回。あと、自立生活センターのヘルパー派遣事業の会議や、吹田市内の事業者連絡会の定例会もある。プライベートでは、映画を観に行って、その批評をホームページで発信する活動とか。
ただ、僕は両親の介助で生活しているので、介助の負担を考えると、外出は週に2〜3回に抑えなきゃいけない。そこでどうするかというと、1日に集中させるんですね。たとえば、「大阪のつどい」実行委員会はだいたい朝10時からあるので、8時過ぎに家を出て、実行委員会が昼に終わったら、その後、事業所に行って仕事の続きをするとか、あるいは他の会議に出るとか。朝に出て、夜に帰ってくるのが珍しくなくなりました。
映画にしても、いろんな活動が増えるにしたがって、観に行く時間が少なくなってきたので、時間が1日空いた時に、映画館をはしごするんですね。今までだったら1本観て帰らなきゃいけなかったところを2本、途中でごはんを食べさせてくれる人さえいれば、3本でも4本でもOKというぐらい。
1回座ったら座りっぱなしという形にすることで、外出回数との兼ね合いをとって、全部1日に集中させるようになりました。用事を3つ4つ、かけもちということもあるし。頸損連の役員会だって、終わった後、必ず居酒屋などに行ってごはん食べて帰るんですけど、そんなのは今までは考えられないこと。役員会の日は、家に帰るのが晩の9時とか、10時になる。それでも全然心配ない。それこそ長時間座れるが故っていう。
シーティングへの今後の期待
・シーティングはさらに進化できる(宮野)
・その効果をもっと周知させたい(赤尾)
―2人とも車いす生活が快適になったし、活動範囲が広がったということですが、今後、シーティングにどんなことを期待しますか。
宮野/身体が楽になって生活環境が変わったけど、それも永遠に続きはしないんですよね。やっぱり身体というのは変わってくるもので、いったんそれに慣れると、今度はまた、もっと状態が良くなるように要求が出てくる。年齢とともに疲れ方も変わってくるのかもしれないし。それを年取ってきたから疲れるのはあたりまえとか、第4番頸髄損傷だったら疲れるのはあたりまえとか、あきらめるんじゃなく、もっと変えていけないかなと思うんです。で、実際に変えていけると思ってます。
自分の身体は今以上にもっと安定させることができるだろうし、当時求めていたものをいったん身体が受け止めたから、そこからまた身体の要求が変わってるはず。その可能性をどんどん試していきたいなというのがありますね。シーティングを取り入れながら、リクライニングにしてみたいというのもあります。リクライニングとティルティングがいっしょになった製品もあるから、それに変えてみたら、自分の身体がもっと安定するんじゃないかとか。もうひとつ、今のシーティングはカッコよくなってきてますよね。僕の車いすはバケットシートみたいな形になってるから、着られる服も決まってくるんです。もっとオシャレになりたい。自分の服装なり、生活のニーズに合わせてシーティングも進化させていくべきかなと思うんです。
やはり最近、疲れてます。活動的になればなるほど、たぶん疲れは出るんだろうけど、それをもう一回見直してみたい。見直すことによって、次のさらなる可能性が絶対に広がると、これまで通ってきた経験からいうと、絶対できると思うからね。あとは、それをどこに持ちかけていくのか。僕の思っているアイデアを具現化してくれる関係機関と一体になれば、絶対できるでしょうね。
赤尾/僕が褥瘡の手術をした時に、医者から言われたのが「2時間以上座ってはいけない」。これは僕の生活実態を踏まえたらあり得ないことなんだけど、医者はそれをあたりまえのように言う。そこに医療関係者の認識不足の問題があると思うんですよ。
今、現実的にシーティングに取り組んでくれるところというと、車いすメーカーぐらいしか思い浮かばないという現実があるけど、でも、たとえば医者にシーティングの知識があれば、こういうのをやってみたらどうかという提案をまずしてくれると思うんですね。すると患者である僕は「なるほど、そういうことができるか」ってトライしてみることができる。だから、車いすメーカーや、医療関係者や、そして何よりもPT(理学療法士)ですよね。アメリカではPTがシーティングのスペシャリストになってるという話を聞きますけど、日本では教科書で学ぶ程度であって、実際に障害者にとってどう活用されるのかということは、なかなか学ぶ機会がない。
そう考えると、患者あるいは当事者である僕たち障害者と、車いすメーカー、PT、医療従事者、このあたりがみんなでシーティングに対する取り組みに力を入れていったら、もしかしたらこれから先、褥瘡というものはなくなるかもしれないし、なくならなかったとしても、ひどい状態になることは防げるかもしれない。治療するのは医者の役割だけど、治療した後は車いすメーカーやPTの役割でもあるので、そこにシーティングを取り入れてもらえたら、もっと早期の段階で未然に防げるものもたくさん出てくるんじゃないかな。そういう全体としての取り組みができればとまず思います。
座圧を測る圧力分布測定機も、価格的には高いんだけど、病院などでもどんどん取り入れてくれて、障害者に限らず、寝たきりのお年寄りでも褥瘡ができるメカニズムは変わらないわけだから、特別養護老人ホームなどにもシーティングが取り入れられて、どんどん普及されれば、褥瘡だけじゃなくいろんな面で、車いす上でもっと快適な生活ができるのではないかと、そこにひとつの可能性を感じますよね。
僕は医者に2時間しか座ってはいけないって言われたけど、その後、2時間を優に超えても座ってるけど、何ともない。何ともないこの身体が、医者が言ってたことを否定してるわけです。シーティングがなければ、医者が言うように再発してたかもしれない。でも幸いシーティングに出会えたことで、再発せずにすんでる。だから、僕自身も証言者でもあるわけだから、いろんなところで、シーティングの効果をどんどん周知させていければいいなと思う。それも頸損連の活動としてやっていきたいと思いますね。
宮野さんの話の中で、身体のバランスが崩れたときに戻せないという話があったんだけど、僕も頸損になって最初のころ、ずっとそういう悩みがありました。それで一人での外出というのはすごい恐怖感があったんですね。今はシーティングがあるから、身体の安定もすごく良くて、左右に崩れることはないし、前後にバランスを崩すこともほとんどない。それがしんどいかといったら全然しんどくなくて、むしろ楽なんですよ。そういうことを頸損になって数年のころに知っていれば、恐怖感もなく、もっと早い段階で一人で外出することもできたかなって考えると、やっぱり周知が大事だと思いますね。
読者へのメッセージ
・生活環境は自分で変えていける(宮野)
・情報のアンテナを張るのが大事(赤尾)
―最後に、これを読んでいる読者のみなさんに伝えたいことやアドバイスがあれば。
宮野/シーティングが何を変えるかというと、生活環境を変えるということに着目してほしい。生活環境は自分で変えられるという認識がまだ低いと思うんですね。自分の中で、こうしたいなぁと思うことがどんどん高まってくれば、それは変えることができる。
シーティングに関係ないようなことでも、実は関係してたりするんです。僕の場合で言えば、シーティングの副産物として、身体を前向きに倒して顔や頭を洗えるようになった。それは最初は思ってなかったことだけど、でも、それができるようになると、生活環境が思いきり変わりますよ。後ろに倒れて頭を洗うのと、前に倒れて洗うのとではどっちがスピード速いかといったら、前に倒れて洗う方が準備も含めて楽ですから。
それが、「そんなのは絶対無理や」と、障害というものを長く持ってれば、経験者であればあるほど思うわけなんですね。でも、実はそれはあたりまえのように変えていくことができるし、もっと自分の身体に効果的なことがあるんだと思ってほしい。今のままでいいと思ってる人の方がたぶん多いと思うし、何ら不満はないと思うかもしれないけど、ホンマにそうなんかと疑ってみることが大事。そこから始めたら、姿勢というのは絶対に重要なポイントになる。
それを思った時に、問いかけていく場が周りにないということが、たぶん多いと思うんですね。でも必ずそれはわかってくれる人がいて、赤尾さんが言うように、OT(作業療法士)やPTで今、シーティングに着目している人たちがいるから、そういうところにつなげていくためには、声を上げていかないといけない。それは頸損連で言ってもらっても十分つないでいけるし、僕の場合は福祉のまちづくり工学研究所とつながりがあるけど、それは僕だけではなく、他の人でも言っていけば対応してくれるところだから、どんどん声をあげていくべきだと思います。
―今、これからシーティングを処方してみたいと思った時は、どこに相談したらいいでしょうか。
宮野/やっぱりいちばん地元に密着したところ、つまり市町村役場の障害福祉課に言っていくべきだと思うんですね。「座位保持装置」として補装具の交付の枠が必ずあるわけだから。そこで、自分の身体の状態がこうだから、こうしたいということを明確に伝えることが大事。その場でわかってもらえなくても、役場の人たちはシャットアウトはせず、自分らの手に負えないことは、絶対に次につなげてくれると思うから。あとは業者に明確に伝えることで、解決方法はどんどん出てくると思う。もうひとつ思うのは、ひとつのメーカーや業者だけに投げかけるんじゃなくて、もし可能ならば、障害福祉課の人に自分が思っていることを伝えて、複数の業者を紹介してもらうのも大事かもしれません。
―車いすとは別に、補装具の種目で「座位保持装置」の交付があるんですね。
宮野/これがあることは僕も知らなかったんです。福祉のまちづくり工学研究所から言われて、初めて知って使った。車いすの枠だけだったら少ない金額になってしまうところでも、座位保持装置と兼ね合わせたら、もう少し高いレベルの、自分に合った車いすができる場合があるから、そういうものは効果的に使っていくべきだと思います。
赤尾/僕も宮野さんと重なる部分があるんだけど、まず、自分の今の状態が絶対大丈夫であるっていうふうには思わないでほしい。自分にとってはこの姿勢が楽なんだって思ってたとしても、実は骨盤とか、もちろん褥瘡も含めて、他の部分に対する負担が大きくなっている可能性もある。絶対大丈夫だと思っている人にかぎって、実は良くなかったりすることもあるから、思いこみっていうのはすごくこわいなと思います。
それと同じくらい、無知でいることもすごくこわい。情報というのは、知らないよりも知っている方がいいことが多いと思うんですよ。だから、宮野さんが言った、声をあげていくことと同じくらい、情報のアンテナを張ることも大事かなと思う。たとえば頸損連で同じ障害を持った仲間と出会って、その人から聞く話というのは、ある意味でリアルなんですよね。もちろん個人差はあるので、必ずしもその情報が自分にとってプラスになるとはかぎらないけど、そういう情報を知った時に試してみる価値はあるかと思うんですよ。
それによって自分の生活、車いす上の生活が大きく変わる可能性も秘めているので、情報はたくさん仕入れて、可能であればどんどん自分に取り入れてほしいなって思いますね。
宮野/僕らって、情報のないところからやったんでしたっけ?
赤尾/僕は少なくともそうでしたね。
宮野/僕もそうなんです。情報を持った人間は、今度はそれをネットワーク化して、情報を共有化することが絶対に大事ですね。だから、さまざまな人に情報を持ってもらいたい。自分にとってどの情報が有益か、どう効果があるかは人さまざまであるかもしれないから、僕らとしても惜しみなく情報を提供するし、また、他の人でこういう効果があったという情報はやっぱり欲しいですから、ネットワークを広げていきたいなと思います。
赤尾/褥瘡とか、座位の安定とか、それが社会参加の妨げになるともったいないですよね。ちょっとした工夫なりシステムなりを取り入れて変わるのであれば、どんどん積極的に取り入れるべきで、自分は絶対これがいいんだと思いがちなところをいっぺん崩してみて、新しいことを取り入れてみるというのも、多少のリスクはあるかもしれないけど、大事だと思います。
宮野/そういう意味で言うと、絶対に社会参加すべき。赤尾さんや僕は、シーティングのおかげでここまでの活動ができるのであって、その念頭にあったのは、外に出て行きたいという思いだったわけですよね。だから、まずは社会参加。遊びでも何でもいいじゃないですか。外に出たいということが大前提にあって、そのためにどうするかと考えていくことが出発点。やっぱりシーティングの効果って、そこに現れると思うんです。
(2006年2月11日)
寄稿
シーティングの普及に向けて
今村 登
東京頸髄損傷者連絡会 副会長
NPO法人 自立生活センターSTEPえどがわ 事務局長
シーティングとは
車いすユーザーの機能的でありながら快適な姿勢を確立し、変形や褥瘡など、車いす上で生じる二次障害の多くを解決できる技術です。欧米では、すでにその重要性が車いす使用者や医療関係者の間で一般的になっているシーティングは、身体機能などの評価に基づいて、快適で機能的な座位姿勢のために必要な車いすの検討や調整等を行い、あわせて変形や褥瘡など車いすと身体機能との不適合の結果生じる二次障害のリスクを最小限にすることができる技術です。
特に乳幼児期や受傷直後など、車いす使用を始める初期段階から適切にシーティングを行うことで、多くの二次障害を予防することができますが、残念ながらわが国では、シーティングの普及が遅れたため、二次障害に苦しむ車いす使用者が後をたたず、またその危険にさらされている車いすであることに、気付かずにいる人が数多くいらっしゃいます。(一部、(株)アクセスインターナショナルHPより引用)
シーティングとは、ただ単に車いすやクッションの機種・メーカーの選択をすることではなく、身体機能評価に基づいて、車いすの座面(クッション)、背もたれ(バックサポート)、レッグサポート、アームサポート等の形状や材質、角度、サイズ等を、身体機能に適合させるものです。そのため適合するまでには時間も費用もかかります。決して強制するものでもされるものでもありませんが、健康管理、QOLの向上を求める車いすユーザーであるなら、今後シーティングは重要なキーワードとなるでしょう。
今までの問題点 なぜ普及が遅れているのか
ところで、なぜ我が国ではシーティングの普及が遅れているのだろうか。それは一言で言えば、直接関与する医師もPT(理学療法士)も、シーティングなどという教育を受けてこなかった(大学、専門校にカリキュラムすらない)からであろう。その結果、車いすを作る際、指示(処方)を出す役割を担うPTの対応といっても、まずは病院にある車いす(一般的なものや、患者から譲り受けた中古品)に乗せて、それをベースに「座幅をあと何センチ長く(短く)、背もたれの高さを何センチ高く(低く)、フットレストやアームレストはお好みのものでいいが、クッションは褥瘡(床ずれ)防止効果の高いものが良い。車いすのメーカーや機種はお好みで。ただスポーツタイプは転倒しやすいから、最初からはやめといた方が無難かな」と、こんな程度の対応が珍しくはなかった。更には、ADL(日常生活動作)の向上が最大の目的であるので、例えば腹筋背筋が弱く、背筋を伸ばして座ることが困難な頸髄損傷者のような車いすユーザーに対して、姿勢を崩しても自分でやれることを最優先する指導がされ、悪い姿勢による二次障害(褥瘡、脊柱、肩間接、股関節、足関節等の変形、内臓への悪影響)の危険性は、障害故の仕方のないこととされ、予防らしき指導といえば、「除圧効果の高いと言われているクッションを使う」こと程度であった。
車いすユーザー側は、知らない事だらけのため、専門家の意見を信じて、乗り心地(すわり心地)の悪さや不快感、様々な二次障害を「クッションが合わないせいだ」とか、「障害故にしょうがないんだ」と思ってきた人が多いと思う。
普及に努める民間パワー
私の知る限りでは、このシーティングの考え方と技術を日本に最初に紹介し、一早く普及活動を開始されたのは、株式会社アクセスインターナショナル社長の山崎泰広氏だと思う。その後、シーティングの重要性に気が付いたPTやリハセンターの研究者らが中心となって特定非営利活動法人日本シーティング・コンサルタント協会が設立され、主にPTら専門家の育成に力を注いでおられる。
彼らの熱心な活動の成果の一つだと思うが、一昨年11月11日の第161回臨時国会、参議院厚生労働員会にて、自民党の坂本由紀子議員が車椅子使用者の就労支援の一環として、シーティングの有効性について副大臣に質問をしたそうである。やり取りの内容は、残念ながらさほど目を見張るものではなかったそうだが、わずかでも国会の場で取り上げられたということは、今後の普及に期待が持てそうな気がしている。
普及にあたっての課題
さて、今後シーティングの重要性の認識は徐々に広がっていくような気はしているが、爆発的ではなくとも、急速に普及していくかと言えば、残念ながらまだまだ多くの課題が山積しているように思う。
それは、
1.頭での理解と実体験での有効性、必要性を実感できるまでのタイムラグが相当ある事
座圧測定やシーティング実施前後の姿勢の変化を見ると、頭ではシーティングをした方が良いことは容易に理解できるのだが、崩れた姿勢で座っていた期間が長ければ長いほど、正しい姿勢に慣れたりなじむまで相当の時間を要する(個人差はあるだろうが、数ヶ月〜1年程度はかかると思う)ため、実感としてシーティングの有効性、必要性を感じられる前に元に戻したくなる。(イメージとして近いと思われるのは、歯の矯正期間でしょうか) 更に、C−5,6,7あたりの手動車椅子ユーザーは、崩れた姿勢(主に、腹筋背筋の利かない体幹を安定させる為に、ずっこけた姿勢で座る)でADLを身に付けていることが多い。しかし正しく座るとほとんどの場合今よりも深く座ることになるので、体幹が安定せず、それまで出来ていたADLが出来なくなる(やりづらくなる)ことが多い。これも慣れてくると結構これまで通りのADLが出来るようになると思うが(私は出来るようになった)、皆がそうなるかどうかはわからない。頸損者はここが一番のネックだろう。
2.手間と時間とお金が掛かる事
シーティングをきちんと行うのに必要な人材は、シーティングを理解しているPT(理学療法士)、SW(ソーシャルワーカー)、エンジニア(車椅子業者等)である。本人を含め、これらの四者が揃って数回に渡って対応することが望ましい。何故なら、SWは問題点を整理してから(必ずしもシーティングを最優先にする必要が無かったり、車椅子を変えることで住宅改修の必要性が出てきたりと様々なケースがあるため)専門家(PT)につなぐことと、スムーズな手続きをアドバイスしたり代行する役割を担い、エンジニア(車椅子業者)は、PTの指示を請けその場で調整したり製品情報を伝えたりする役割を担う。発注前にこれらの準備を数回行ってデモ機を手配し、数週間試乗し、納品後にも数回の調整が必要になる。しかし、現状ではこれだけの手間隙に掛かる人件費が保証される仕組みはないため、ユーザーも関係者も余程の覚悟がないと、きちんとしたシーティングは行えない。金銭的に余裕があれば、人件費も含めて全額自費で行ってしまえばいくらかの時間短縮にはなるだろうが、関係者のスケジュール調整にも苦労するのが現状だろう。
それでも諦めずに
これからのことを考えれば、最初の入り口である医療機関でのシーティングが定着すべきである。1台目の車椅子作成時からシーティングが考えられ、その車椅子でADL訓練などのリハビリをし、退院後の住居、生活スタイルのシミュレーションを実施するべきである。
課題が山積しているとはいえ、課題が見えてきたということは、解決策を見つければより普及しやすいということでもある。せっかく広まりつつあるシーティングを、ユーザー側から見た問題点にも着目しながら、関係者とのネットワークを広め、シーティングの普及・定着する仕組み作りに取り組んで行きたいと思っている。