頸損だより2008春(No.105) 2008年3月22日発送

■ダン・ルブランさんを紹介した、いくつかの記事からの要約


当事ノバ・スコシアで大工をしていて、ヨット、サーフィン、スノーボードなどさまざまなスポーツを楽しむアウトドア派だった明るく陽気なダニエル・ルブランさん(現在はバンクーバー在住。30才)は、2004年8月、砂丘でオフロードのオートバイに乗っていた際、ハンドルを飛び越えて前方に投げ出されるという事故に遭い、24時間人工呼吸器が必要な重度の頚髄損傷者になりました。その後、同じ障害の俳優の故クリストファー・リーブが受けた画期的な実験的治療法のことを知り、カナダのリック・ハンセン財団(脊髄損傷者で世界的な競技者であるリック・ハンセンがカナダの脊損者の生活向上を目的に1988年に設立)に協力を依頼。横隔膜刺激ペースメーカー・システム(DPS=Diaphragm Pacing Stimulation system)と呼ばれるその方法は、米国オハイオ州クリーブランドのケース・ウェスタン・リザーブ大学のレイモンド・オンダース医師によって開発され、2002年から同大学病院で臨床試験が開始。2007年6月までにカナダ人2人を含む46人(内失敗1件、13人はALS患者)に実施されました。

この治療法では、まず腹部に4つの一円玉大の穴を開け、そこから腹腔鏡手術で横隔膜の左右の横隔神経の近くに2つずつ計4つの電極を埋め込みます。そして、皮膚下を通した毛髪ほどの太さの細いワイヤーでつないだ、体外のテレビのリモコンサイズの小型コントローラー(リチウム電池は約2ヶ月に一度交換)から電気刺激を送り、横隔膜を伸縮させることにより、患者は人工呼吸器に頼らずに呼吸することが可能になります。電流が流れて横隔膜が収縮したときに肺が空気を吸い込み、電流が切れて弛緩したときに吐き出す仕組みで、毎分16回のペースで呼吸できるように調整されています。ただ、この治療法を受ける条件としては、電気刺激を横隔膜の筋肉に伝える神経がまだ生きていることが必要です。

当事この手術を実施していたのはこの1箇所だけで、必要な費用は55000ドル(手術と装置の費用24000ドル+渡米のための航空費など)で、ルブランさんたちは、リック・ハンセン財団ほか様々な団体からの資金援助、チャリティー・オークションやコンサートなどの募金活動、新聞などで呼びかけて集まった一般からの寄付金などでまかないました。

現在、この治療法は米国ではFDA(食品医薬品局)の認可を受け、カナダでも、ルブランさんの渡米に同行しクリーブランドでこの治療法を学んだバンクーバー総合病院のジョン・イー外科医により2007年1月に初手術が行われ、臨床試験で10名に実施することが決まっています。

手術後は、呼吸器装着による感染症のリスクが減ったという医療的なメリット以外に、ルブランさんは次のようなさまざまな非医療的メリットを挙げています。まず何よりも最大の喜びは、再び鼻から息を吸うことができるようになったおかげで、再び物の匂いが分かるようになったこと、そしてそれに伴い徐々に味覚も復活して食べ物をしっかりと味わえるようになったこと。装置を起動させた直後、看護師が真っ先に熱いカフェラテを持ってきてくれて匂いをかがせてくれたそうで、味覚が戻ってからは、大好きなステーキやスパイス料理、そしてお酒のカクテルなどを味わったそうです。また、24時間続く呼吸器の耳障りな音からようやく解放され、心休まる静けさを取り戻したことも大きな喜びでした。それ以外にも、よりはっきりとした声で話すことができる、ヘルパーを雇い訓練することが容易になった、 自分がより”正常”で普通だと感じることで、公共の場に出て行くことをより楽しめるようになった、より安全に、そして簡単に旅行ができるようになった(重たい呼吸器関係の荷物が不要になったことでより身軽に。そして、今までは飛行機に乗るときは、航空会社のスタッフに25キロある呼吸器を頭上の荷物収納棚に収めてもらい、そこからチューブをぶら下げて喉の接続端子につなげる必要があり、そのあいだは介助者が手動の呼吸器で空気を送り続けなければならなかったが、それも不要に。ただ、万が一の緊急時には呼吸器のチューブをつなぎやすいように、今でも喉の接続端子はそのまま残してある)など、ルブランさんのQOLはさまざまな面でめざましく向上しました。

カナダに住む一人でも多くの呼吸器使用者にDPSのことを知ってもらい、自分と同じように呼吸器依存から自由になる開放感を、是非味わって欲しいと強く願うルブランさんは、体験者のスポークスマンとして各地で講演活動を行いその普及に努めるとともに、BC脊損者協会でピア相談のボランティアなどとしても活躍されています。また、元々ヨットマンだったルブランさんは、最重度の四肢麻痺者も一人で操船できるように改造された特殊なヨット(防水加工された2本のストローを備えた呼気スイッチでコンピューターを操作して、舵取りや帆の張り具合を電動ウィンチで調整できる)を操って競技会に参加したりと、とても積極的で活動的な充実した毎日を過ごされています。



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