頸損だより2008夏(No.106) 2008年7月26日発送

寄稿A

「市民公開講座から全国大会を終えるまでの変化」

兵庫頸髄損傷者連絡会会員 米田 進一

◆全国大会を終えて実行委員の方にお礼

約一年前、退院してから二回目の外出が市民公開講座に参加した事でした。外に出ることも勇気がいる程、自信が無くて見えない物が沢山ありました。自分の弱さが恥ずかしく、主治医の薦めで知り合った人たち、それが頸損連の人たちです。これまでいろんな人を見てきましたが、こんなに親身になって関わってくれた人たちには会えませんでした。なかなか人と付き合えない世の中で、いつも声を掛けて誘ってくれます。会員となってから何も役にはたっていませんが、これからは少しずつ会議にも参加していきたいと思います。一年前ぐらいから計画を立てて、休みの日にも関わらず会議を行い、いろんな準備があり、いろんな所に出向き体調も崩された方もいたでしょうね。本当にご苦労さまでした。そして全国大会に参加させて頂いて、本当に有り難うございました。


◆今までに感じたこと

昨年の市民公開講座に出席した時は、退院してから一年以上経っているにもかかわらず、殆ど外出も出来ていなかったので、何をすべきなのか自分でも分からなかったように思えます。その後はヘルパーを使いながら、少しずつ外出することが増えました。ずっと思っていた事は、「家族の負担を減らす事」だったので、心配は掛けますが、出掛けることで少しずつ自分の時間を取れだした気がします。家族と同居している方は、殆どそう思われているかもしれませんが、制度の下限で辛い生活を余儀なく送られているのも現実です。それでも自立を目標として頑張っていても、まだいろんな問題で実現されていない方もいます。自分もそうですが、重度障害者になったことで自立生活は安心とは言えません。いつ何が起こるかわかりません。絶対安心という生活はないと思うのです。震災や火災など災害は、いつでも起こる可能性があります。介助する人がいない時はどうするのか?その時からどう生活していくのか?障害者だけでなく誰にでも起こりうることなのです。家族もそう思っているでしょうし、あえて言わないと思います。今からでは遅いかもしれませんが、安全対策はもっと早めに検討しておかなければなりません。自分の出来ることは何か?と、いつも考えておかなければならない事実です。地域の制度や事業所の都合で人手不足な時もあります。施設に依頼しても「呼吸器使用」と聞いただけで断られたりします。不安が尽きない世の中に今、僕たちは居るのです。


◆終わりに

昨年もそうですが、外国のドクターや当事者(ダンさん)に会えることは、奇跡と言える様な気がします。世界にいる人に会う確率は極めて低いですから。変な言い方をすると、障害者になってなければ会えなかったかもしれませんし、頸損会に入ってなかったら、こんな出会いもないでしょう。ダンさんに会えたことでいろんな事を学びました。驚いた人も多いでしょう。世界の医療技術は日本に比べると差が大きく開いています。人生は何が起こるかわかりません。どんな病気や怪我、障害にも対応できる医療技術が世界に普及してもらいたいです。一番願いたいことは、「平和な世の中になってほしいこと」、追加でいうなら、「家族みんな元気でいてほしい」。いつまで続くか分からないけど、苦労を掛けてごめんなさい。いつもありがとう。と言いたい。



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