奈良と京都の県境に位置する学研都市に、積水ハウスの総合住宅研究所がある。そこに勤める頸損の上野政一さん。1/31底冷えのする土曜の午後、上野さんの取材に向かった。まずは上野さんの職場である「納得工房」をじっくりと見学、その後上野さんと高城納得工房長から話をうかがった。
納得工房は、作り手と住まい手が一緒になって住宅のあり方を考えていこうというところで、外部からの一般の見学者では例えば学生さんであったり建築の勉強をされているお客さんであったり、住まいづくりに興味のあるいろいろな幅広い方に来ていただいています。
【工房長】ここを利用されるのは外部からの見学の方もそうですが、積水ハウス社員の勉強のためにも使っております。キッチンを使ったり、お風呂に入ったり、住居についていろいろなことを体験することによって、お客様に自分の体験からお話が出来たり、設計をする技術屋さんにしても構造やデザインなど、そういう体験を通してお客様に提案させていただこう、ということを目的とした施設です。
また、積水ハウスは30年近く前から当時の通産省と、障害者のための住まいづくりの研究に取り組んできました。最終的には障害者だけでなく、子どもからお年寄りまで快適に暮らせるユニバーサルデザインという考え方を基に、ここの研究室で商品開発を行ってきました。そこに障害当事者である彼の存在と意見があったから先ほどご案内した生涯住宅・ユニバーサルデザインの一つのコーナーができたというのがあります。
受傷したのは平成元年の16歳の時、高校の器械体操部の練習中に跳び箱で失敗し、頸髄(C-5・6)を損傷しました。退院後、復学をして卒業はしましたが、貧血がひどかったりと、身体が弱かったので、しばらく車椅子ツインバスケをして体づくりをした後、このままではダメだという焦りと、車椅子になっても普通に働きたいという思いから、大阪市職業リハビリテーションセンターに通うことにしました。そこで情報処理やCADの勉強をして、卒業する時に当時職リハの講師で積水ハウスのOBでもあった方に、ここを紹介してもらい就職することになりました。27歳の時でした。現在36歳です。
納得工房のホームページの更新やメンテナンスをしたり、住まいづくり情報の提供を行うのがメインの仕事です。他には積水ハウスの社員研修の際、社員の方に車椅子ユーザーの視点から必要なことを知ってもらうために、先ほど紹介させていただいたユニバーサルデザインのゾーンで説明をしたり、車椅子で来られたお客様や、バリアフリー住宅を希望するお客様に、私達が知っている住まいづくりの知識や情報を提供しています。
【工房長】社員の研修という側面もありますが、実際車椅子生活をされている方がお住まいを建てるケースもあり、そういったとき彼の実際の経験談や学んだことを含めて一緒に相談に乗ってもらっています。
月から金曜日まで、9時から18時の8時間勤務をしています。通勤は自分の運転する車で、1時間強かかります。車に乗ってしまえば特に問題はないのですが、家を出るまでの準備や用意に両親のサポートを受けています。親も年を取ってきてますので、今は入浴時のみヘルパーさんに来てもらってますが、今後は自立も視野に入れて、通勤の準備や帰宅後の手助けなど、もっとヘルパーさんに入ってもらうことも考えていってます。
あと、今のところ大きく体調を崩したことはないのですが、具合が悪くなれば車で少し横にならせてもらうことはあります。トイレに関してトラブルがあった時は早退させてもらっていますね。
【工房長】出社してすぐ調子が悪いので早退させてください、ということもあります。仕事内容でいうとこの時間内にこれを仕上げてくれという仕事はそう頻繁にはないので、自分のスケジュールで進められる職種ではあるのでそれはそれで構わないことだと思っています。
会社自体がバリアフリーやユニバーサルデザインに取り組んでいる会社だったので、不安ということはなかったですね。
【工房長】手動であったドアを自動にしたり、段差をなくしました。一度館内を彼の目線で、どこをバリアフリー化しなくてはいけないかチェックしてもらい、改善できる点は改善してきました。展示パネルの位置や見やすい高さなどは、彼がいたから改善されましたね。
それと最初は、こちらも彼がどこまで出来るのか、どこまで手伝えば良いのか解らないじゃないですか。手伝いすぎても嫌でしょうし、本当は必要としていても遠慮しているのじゃないかと考えたり、いろいろなことがありました。しかし、ずっと一緒に仕事をしていくと徐々に本人も周りもお互い解ってきました。
バスケをしている一番の理由は情報交換です。同じような障害レベルの人達がやっているので、仕事やプライベートも含めアドバイスや自分に参考になる話が聞けるところですね。
まずは自分自身の自立が一番の目標です。仕事では、車椅子のお客様が来られた時に、悩みを同じ立場に立って解消してあげられるようなアドバイスの出来るスキルを身につけたいと思います。
私は事故後、長い間落ち込んでいて、モチベーションが上がらない状態でした。そんなとき、周囲の助けで働こうかなという気持ちになれたので、やっぱり落ち込まず明るく前向きにという気持ちと、そういう周囲が居るということが大切なのではないかと思います。自分のモデルとなる人がいれば勇気づけられると思います。ただ外に出て行かないことには情報は入ってきませんから、とにかく気持ちも行動も外に向かうことが大事だと思います。
【工房長】彼の場合、本当にラッキーだったと思うのです。ただそのラッキーは彼が外に出て人との出会いがあったからであって、健常者の中に入って一歩踏み出していける気持ちが大切だと思います。昔は製図版でやらなければいけなかったことが、今はパソコンで出来るようになったので、それは建築や設計の能力があれば誰でも出来ますが、それに留まらずプラス・アルファのクリエイティブな能力やコンテンツを生み出すアイデアを高めていってくれれば、彼もそうですが人生の途中で受傷し就職しても、建築や住宅と言う職種だけに留まらず企業で活躍していただける場が広がると思います。